TORABARA むつき23日

八王子に美術見に行って、帰り道に和菓子屋さんと目が合う。あたたかな日になりましたね、と、桜餅をいただいた。また歩き出したら、黒牛ランチの看板。ふらふらと店に入った。まるで昔から店の前を通りかかるわたしを見ていて、やっと入ってきてくれたね、と迎えてくれたみたいな、ふかみのあるほほ笑みをするお店のひと。サービスが、ほんとうにいいお店、がこのエリア、点在している気がする。牛丼、めちゃくちゃ美味しかった。

立川に寄るのが定番なのだが、国分寺に下車した。前に住んでいたまちのそばとはいえ、ほぼ外食をしなかったので、店の思い出は無い。彷徨い歩いた、という記憶が、いくつか、断片としてある。駅前は、ずっと工事してたっけ、このように完成したのね。と見学。国分寺の史跡とか湧き水とかを観光した。マルイの売り場。ここは数え切れないくらい、歩いてる。昔の、わたしが吐いた息が、そのまま残ってそうな年季。

祝いを誰かに言う、というのを受け入れたらよいものを、わたしはLINEに届いているそのメッセージを、トークルームごと消した。わたしにとって、誰かと世間話をするという基本的な態度が無い、というか。たぶん世の中で、主婦つながりだとかで、共通項をたぐりよせ、同調するなどの、友だちになることをよしとするかんじすら、わからない。わたしは誰とでも友だちになれる、得意。みたいな振りかざしも、わからない。

というか、苦手だ。女子が群れようとする、その共通だと簡単にかんがえるそのことすら、嫌なのだ。何の用事でいつまでもわたしにコンタクト取ろうとするやら、主婦は、学生を経て即、主婦になっているため、しごとのけいれきやしごとのおもいでがないため、学校時代を、専攻がどーのこーのを、昨日のことみたいに話す、という特徴があった。

彼女にとっての学校序列があって、常に自分の旦那の優位性を鼻にかけるのだったか、研究職だったか、国の助成金の枠内で活動してるってだけな野望無しな男、という視点は、彼女からは無さそう。

何かを受け付けないと、何もかもが論外になる。整形手術して顎に糸入れて吊りました、など断じて、わたくしの感性の、外にある。

TORABARA むつき22日

地味に、午後3時をむかえた。

家のひとがお洋服を買ってくれる日。乗る電車が決まっている、少し遠出。らららら。いいとしになるといいね。

夕食は、ホテルバイキング。小学生スポーツクラブ懇親会が、半分占拠していて騒々しかった。わらっちゃうくらい台無しだった。ガキだらけで常に絶叫してるような状態。駆け回ってみろ、足をひっかけてやるぞ、と家のひとに宣言した。安い味のワインで酔っ払った。土間みたいな床。もう二度と行かないと思うけど、お料理は、美味しかった。

下弦の月、三日月が空に、綺麗だった。

TORABARA むつき21日

縄文の湯へ、また行く。相当気に入った。休みの日のしるしみたいに通いたい。のんびりしていて、陽当たりがよくて、横についてるお店の、蕎麦が美味しい。登山したことで筋肉痛になっているので、ひたすらマッサージをしていた。顔が火照りすぎて、鏡みたら、化粧のほどこしようがないくらいも只、赤った。前髪を下ろしたら、それなりに落ち着いてるひと。

いま、近所友人と、ケンカになっていて、互いの言い分を話すことになっている日。夕方からのつもりが、このことが気になっていたため、そそくさと最寄り駅に帰ってきた。

なんにも考えていないわけでもないし、もうろくしたでもなかった。なんとか、計画を成してゆけるように、なかなかの案を聞く。テラス席からの大きな夕焼けを見た。

TORABARA むつき20日

株が、下がってるから買う。三連休をはさむから、また週明けに様子見て、買うか売るか、しましょう。

今日のわたしは、なるべく、なんにもしないと決めてるひとみたいだった。明日の朝、タンスを捨てるので、家の表まで運んでおく。淡々と作業する。しごと中に、だるいしつらいきもち。これをけちらせないようになるかを、かんさつしよう。

けっこういっぱい赤ワイン飲んだ。寝た。

TORABARA むつき19日

宅急便が、午後届いた。唐津焼は、無事だった。箱も、パッキンも、包装紙をカッターで短冊に切って、箱に貼るかんじも、焼き物をおもうこころが、伝わる。唐津の文化に、ご縁をいただいたことに、じんわりとした気持ち。

今日は、株の調子が良く、いくつかを決済した。

ひとしきり、掃除とか水やりとか洗濯などの家のことを済ませた。

蘭が、花の重みで垂れた

TORABARA むつき18日

しごと、再開。なんとかやりすごした。家のひとは音にお構いなし。わたしはこのかんきょうで画面への集中を保って、家のひとにゆずってきた。家のひとは、外で過酷な仕事しているから家で休むときくらいは好きにしていたい、と主張した。家のひとの限界が、見えていたこともあるし、わたしは耳から入る情報と別なことが考えられる特技を、活かしている。が、しかし。バキュンバキュン、ドラマは過激な殺戮ものが流れてるんですけど。さすがに、こちらのストレス値が上がる。

クラシック音楽、かけてくれよ。

わたしは、昨日までの旅の、夢見心地がつづいている。とくに、登山の達成感は、わたし、すごいすごいって、万能感みたいなカンカクになってる。

ぜんぶ、よかった。神社だけがある島かと思ってたら、舟が近づいていって、人が暮らしてる?みたいに見えてきた流れとか。おどろきに満ちた。

帰路の飛行機は、まだ旅を終わりたくなくて、ふてくされたような気持ちだった。旅が出来たことに、大きな感謝。

TORABARA むつき17日

登山した日。

電車移動中、窓の外の海が撮影したかったのだが、ずれた
乗った電車。
山里を歩く。
菜の花畑、見頃です
なんて美しい道。加茂川沿いをてくてく歩く。
木々は、これから緑緑と茂ってゆきそう。
歩いてる人は、ここに寄れる。ハガれた木の皮をお財布に入れましょう、バクチ運、爆上げになる
河津桜咲いてるー
お花観賞
ゆらりんこ橋。ここから登山道です。車で来たひとは駐車場に留めてね。
水仙
明神滝です

加茂川の渓流の音を聞きつづけながら登山。林、木が等間隔に林立している間から、渓流が太陽に照らされている、光はわたしの足元まで木々から漏れて届いている。うつくしい光景をすべて、写真にうつしたわけではない。シャッターをきる、ためにあゆみが止まるというのは、後々、写真が残るための今の犠牲、でもある。目に焼き付けて記憶になることが貴い。ぱっとみたことをじぶんにとどめることを、きたえたい。時間の、至福なかんじが自分に蘇って、その手がかりになるくらい、ちゃんと残るといい。

岩、ごろごろな山肌
登山道、こんなかんじ。
つばき橋から、女岳登山道に入ります。

暑かったので、ガードレールに、アウターをデポ。急峻な立ち上がり。本気モードで、カメラとかポーチをリュックに仕舞う。

巨岩が、いくつもある。
佇む。
登頂いたしました!!
自作のクッキーを、ここで食べた。

時間が早いっすいすい登れました。もうひと山、いってみよー!つばき橋に戻り、二丈岳への登り口へ。

美しい。わたしの後ろから、ひとり、追い越して行かれました。つばき橋以降で、唯一、このひとを見かけた。天狗が化けてた?このひとは、二丈岳頂上にもいらっしゃらなかったよ、深江方面へ、下ったのか?ほんとうに?

登山日和ですってば。風も、おだやか。なぜ、ひとはなぜ、今日、登山なさらないのか。
ぎゃー!登頂いたしました
海と島が見える
なんていい日
頂上の居心地が、とってもよかった。
きゃああ
そして、深江へ行く。
といいますか、標高711メートルから海抜3メートル、筑肥線深江駅まで、ひたすらな下り。いつまで下っても、まだまだ下る、山道。途中で、悪路林道というのも歩く。誰も歩かないで時間が経って枯葉が積もったまま。歌うたったりして抜けた。

スタンプラリーやってるから、とにかく地下鉄空港線で西新の駅へ行く。タクシー。夜景をたのしむつもりが、タワーに登るのを待つ列が50分、混雑で進まなかったなんて、ばんくるわせなできごとだったし、行きのタクシー1000えん、タワー1000えん、帰りのタクシー1310えん。この課金、スタンプに掛けなくてよかったっけ。温泉にパッと入ればよかった。この後、飛行機乗るし、焦ったきもちなまま、夜景見てる場合じゃないっ。スタンプ押してとんぼ返りっ。空気が澄んでいて、この世に、こんな麗しい夜景があるのかというほどの美しさではあるものの、

ぎゃー、飛行機、飛行機。と、わたくしは順番待ちの列で仁王立ち。屋上階に昇ったのも、いっしゅんで、2分?とっとと降りて、もったいなかった。

ビルも海も川も見える。

ピントがズズズって、あわてすぎてる。飛行機は、間に合いました。

TORABARA むつき16日

曇り。窓から見えていた橋を渡ってみる。虹の松原。少し歩いておこうと思って、午前中は、松を見てて過ぎた。

ブランコにも乗ったわ、うしろにうつってる
松、松。
どこまでも、松。
玄界灘は、波が高くて、ちかよらないでっていってる海だった。
午後、呼子へ足を伸ばした。イカの活け造りをいただく。イカのアシにレモン垂らしたら、ひと踊り動いたのでびびる。命をいただきます。おいしかった。こんなにおいしいなんて。
田島神社さんへ参拝。遣隋使いくときも遣唐使いくときも、海上の安全をここで祈りました。七往復した舟が全て無事だった驚異的な強力な海の神さま。それで海を守る役割の武将さんに、田島、と名乗らせて、海での安全を授かりましたとさ。

巨石があり、割れ目は、秀吉の刀による。みたいな伝説もあり、祀られていました。願いがかなうなら岩よ、割れろ、で割れた。

レトロな駄菓子屋さんにてお土産。海産物屋さんでお土産。なんか値段まちがえられて多く払ったのかもしれなくて、再度、ねだんかくにんするために店に入ろうとして、やめた。500円くらいは喜捨でよくない?

バスに乗れる行き先でタクシーになったとき、高いことが損ってすぐに思わなくなりたい。こういうの、行き先が神社さんならば神社さんに納めたねっ。て思う。タクシー、というしょくぎょうが活性化しててくれることは、世の中の豊かさ。

海産物屋は、経理が大学ノートに、手書きでボールペンで数字書くタイプだった。身の回りで絶滅したとおもっていることが健在。紙を少なくして、ネットで活字はパソコン文字で、みたいな方向は、つまらないのかも。それを、ひと目見て、はっ。と思い出せててよかった。

今日は波高いので、それを午前中わたしは知ってたし、七ツ釜へ行く舟が欠便。丘の上に牛がいる牧場へ行こうとしたら通りすがりの乗用車のおばちゃんが窓開けて、そっちの道路は通行止めと言われた。徒歩なら行けたらしい、と後で知るのだが、その時間に、神社さんへ行くことができたので、わたしは神社さんへ行けってふうに理解するというか、自然なながれって、ある。

また呼子へ行くことがあるかもしれなくて、何もかもすべて制覇しなくてよかった。

唐津のまち。石垣がそのまま残っていたり、城の工事の跡を、体感できる。焼き物が、展示されている売り場で、お土産を選ぶ。本当に欲しいものは、粉引きの抹茶碗だったとおもう。なにかのふしに、頼んでみようか。家宝、みたいなお値段だった。

タクシーでホテルに帰る。大浴場に行かないまま、部屋の中ですごした。スキーの実況で、金メダルに手が届くかもという実力の選手がミスをして、直後、感情がたてなおせなくてストックを放りだして、雪に寝た。むき出しな、くやしさを見て、アルペンスキー大会、に限らず、なんか、人ってぜつみょうななりたちっておもった。

家から持ってきてる色鉛筆で、行けなかった牛の牧場の絵を描いた。緑色と金色を使った。