TORABARA むつき16日

曇り。窓から見えていた橋を渡ってみる。虹の松原。少し歩いておこうと思って、午前中は、松を見てて過ぎた。

ブランコにも乗ったわ、うしろにうつってる
松、松。
どこまでも、松。
玄界灘は、波が高くて、ちかよらないでっていってる海だった。
午後、呼子へ足を伸ばした。イカの活け造りをいただく。イカのアシにレモン垂らしたら、ひと踊り動いたのでびびる。命をいただきます。おいしかった。こんなにおいしいなんて。
田島神社さんへ参拝。遣隋使いくときも遣唐使いくときも、海上の安全をここで祈りました。七往復した舟が全て無事だった驚異的な強力な海の神さま。それで海を守る役割の武将さんに、田島、と名乗らせて、海での安全を授かりましたとさ。

巨石があり、割れ目は、秀吉の刀による。みたいな伝説もあり、祀られていました。願いがかなうなら岩よ、割れろ、で割れた。

レトロな駄菓子屋さんにてお土産。海産物屋さんでお土産。なんか値段まちがえられて多く払ったのかもしれなくて、再度、ねだんかくにんするために店に入ろうとして、やめた。500円くらいは喜捨でよくない?

バスに乗れる行き先でタクシーになったとき、高いことが損ってすぐに思わなくなりたい。こういうの、行き先が神社さんならば神社さんに納めたねっ。て思う。タクシー、というしょくぎょうが活性化しててくれることは、世の中の豊かさ。

海産物屋は、経理が大学ノートに、手書きでボールペンで数字書くタイプだった。身の回りで絶滅したとおもっていることが健在。紙を少なくして、ネットで活字はパソコン文字で、みたいな方向は、つまらないのかも。それを、ひと目見て、はっ。と思い出せててよかった。

今日は波高いので、それを午前中わたしは知ってたし、七ツ釜へ行く舟が欠便。丘の上に牛がいる牧場へ行こうとしたら通りすがりの乗用車のおばちゃんが窓開けて、そっちの道路は通行止めと言われた。徒歩なら行けたらしい、と後で知るのだが、その時間に、神社さんへ行くことができたので、わたしは神社さんへ行けってふうに理解するというか、自然なながれって、ある。

また呼子へ行くことがあるかもしれなくて、何もかもすべて制覇しなくてよかった。

唐津のまち。石垣がそのまま残っていたり、城の工事の跡を、体感できる。焼き物が、展示されている売り場で、お土産を選ぶ。本当に欲しいものは、粉引きの抹茶碗だったとおもう。なにかのふしに、頼んでみようか。家宝、みたいなお値段だった。

タクシーでホテルに帰る。大浴場に行かないまま、部屋の中ですごした。スキーの実況で、金メダルに手が届くかもという実力の選手がミスをして、直後、感情がたてなおせなくてストックを放りだして、雪に寝た。むき出しな、くやしさを見て、アルペンスキー大会、に限らず、なんか、人ってぜつみょうななりたちっておもった。

家から持ってきてる色鉛筆で、行けなかった牛の牧場の絵を描いた。緑色と金色を使った。

TORABARA むつき15日

朝、支度ととのって、スタンプラリーしてるタワーはどこですか、とフロントの人に聞くと、指をさして、あそこですよ、見えてます。

昨夜は、夜闇で気がつかなかったわ!タワーに招かれてこんな側に泊まったのかも。

にゃー。

行ってみたらオープンは30分後だったため、またホテルに引き返す。横にあった神社さんも気になってたので参拝いたす。階段は、もともと123段あったらしい。年齢と、厄年がしるされていて、寿命の、半分くらい来たのかな。わたしは18、19、頃の厄が酷くて、こんな闇があるか、といううらみのような気持ちを抱えつづけているとおもう。そのころの塞がりかたほどの厄は、除けて、除けることを叶え叶え、今日に至る。というかんじか。

その厄の入口にいた時に、ここに旅行で来たので、つい、18才。をなぞってしまう。賽銭箱の真横に鳥がとまっていて、目の前を突っ切った。

唐戸へバスで行き、フェリーで門司港へ渡った。そのままJR乗っちゃう。

大歳神社さんの、ん。
バス乗りながら、オブジェが見えた
フェリー乗り方がわからなくて20分待ち。券を持たないまま列に並んでいたらむざむざ、券、買ってから又並んでね、と突き放された。こういうながれ、唐戸の海を見学する時間をいただいたってこと。
関門海峡よ!わたしは、甲板、先頭の真ん中を陣取っていた。俺様の船、みたいだった。

唐戸市場へは行かなかった。商店が並んでる中の果物八百屋さんにて八朔をいただく。こちら絶品。今まで食べた中で頂点ってくらい、食べごろだった。

門司港、今日は、マラソン大会。折り返し地点でUターンする選手の人たちに声援をおくる街頭のひとびと。がんばれー。

宗像大社さんへ行きたいのよ、東郷駅へ行き、タクシーに乗った。去年から、一年越しにできたことは、門司港のすてきなスターバックスでコーヒー買いたい。だったりする。

ここのすてきさがしゃしんにうつらない、、

宗像大社さんへ行けてよかった。大島へ行くフェリーに乗る。神社さんだけがある島があるのだとおもっていた。島が近づいて、民家とか暮らしが見えていて、すごい不思議。なんにも知らないままいきなり島に上陸し、勧められるまま電動自転車に乗り、島内めぐりが始まる。ほとんど夢の中の展開だ。

ちょうど潮がひいて道ができている
透き通っている海の水
鳥居の形がふしぎ
海の色、綺麗。
自転車を漕ぐ。
馬さん
風車が見える
空と海と山。空気おいしかった。
はなれがたいほど、いい場所
帰りのフェリー

福岡にて、駅弁ちょうたつし、唐津へ移動。ホテル窓から松浦川の夜景が見えてる。すてきー

TORABARA きさらぎ14日

朝の目覚め。船についてる出窓から明るさが漏れていて、カーテンを開けたら、海の水平線と、朝陽が視界に飛び込んだ。

すてき。

船の中で、わたしのペースで、ものしずかにいちにちをおくる。この時間を、たのしみにしていた。時間に、愛が溢れている。

朝食は、大きなクロワッサン。昼食に、生ビールと冷やし蕎麦。夜は、マグロのアクアパッツァってお料理、デザートに、チョコババロアを選ぶ。いちばんたべたいものを、たべたいぶんりょうを、いただく。船上の暮らしを、4、5日つづけたい。時間足りないっておもう。

お風呂に入ったり、プラネタリウム見たりした。折り紙の折鶴の、折り方を忘れていた。そういうよゆう、折り紙を折ってみることをしないまま、なことに、気がつく。

甲板に出て、後ろ向きに歩いてみてたのも良かった。風が強すぎるから、背もたれになるくらいも、背中を支えられて、おもしろい。

船のたのしみ、ノートに張り紙をしてアルバムを作る。船の前方にあるリビングルームにはソファもあり、延々と、碇の形のマスコット作りをした。出来上がったとき、横に座ってた知らないひとに、見て見てー。いいやつ、出来上がったわー。と話しかけたいほど弾んでいた。同じ空間にいるという調和があるようなかんじ。

美しい
原宿で掴み取ったワンピース。シュバンクマイエル映画を観に行った時にも着けてたブルーの首巻き。いつものチョッキ。船時間は、お気に入りだらけ。そして清潔すぎる空間。ここ、おトイレよ、美しすぎる。
進む
足摺岬から20分くらい進んだところの岩壁。

夜、小雨の門司港へ到着して、門司駅までバス。JRに乗り換えて下関へ。なんか、昔のまま時間が止まっているまちにおもえた。人の服装のかんじが古いまま。わたしはここに、高校卒業する頃、来ていて、友人と、いきなりBARに入って、ボーイの人達と騒いだとおもう。そのお店がどこだったか、町の雰囲気が昔のままで、店も今もあったりして。

古いの、ちょっといやだったけれど、だんだんあじわいかたがみえてくるというか、こういうふんいきにはまったら、ぬけられないくらいクセになりそう。いきがって半袖のひととか、夜の町に、ひとのおさまりきらないエネルギーが、むだにうずまくかんじというか。

古くて照明の暗い、ビジネスホテルに泊まる。ホテルのフロントのひとの笑顔が優しい。船でお風呂入ったし、お化粧だけ落として寝た。

TORABARA きさらぎ13日

夜、旅立つ。ここのところ何日も、夢を見て、見たこともない素敵な土地へ行っている。地球の熱が吹き出す土地、温泉とは呼んでなかった、そこへは、石を下って行ける。横長の窓が誂えてあり、手をのばして、美しい地球の産物にさわれる。ブルー色をした水晶が、石柱の群像になっているのを一本手折る。

次の日だったか、とにかく大きな船に乗るために、小さいフェリーでまっすぐに向かっている。そして、あー、チケット忘れてるって夢だった。水飛沫の、白い泡が、どどどっと見えていて、アングルもすてきだった。

夜、旅支度のさいしゅうてきなまとめに入った。どれくらいどんなことしたいか、それを、持ち物であらわす。3時間ちかく、緊張して興奮もしていた。

去年も同じ頃、乗った船が、とても気に入ったのだ。

船着き場のある駅へ。駅からはタクシー。

トラックのコンテナを大量に運ぶ船。
夜景、美しい。

船に乗り、さっそく赤ワインを注文して一口いただき、大浴場へも行く。空いてていいかんじ。解放的な個室、みたいな窓のそばのスペースをいただいていた。気持ちがうれしいうれしいのれんぞく。

TORABARA きさらぎ12日

明日は、旅立ちだから、支度をしなければ。持ち物を準備する、というだけではなくて、家のあちらこちらを拭く。棚を拭く。玄関の床を拭く。掃除機の中のゴミを捨てる。

家事を、てっていてきな基本を、禅宗の修行僧のようにやるようになる日が、来たりして。

わたしの今の邪念というか。にわかでしかない、ということを、記憶の中にある出来事に、振っている。なぜに、そのままやり過ごしているっけ、浮き草なのがそのまま。これでよかったっけ、はてな?たぶん、他の人から何が見えているか、そこは、どうでもいい。のだが、それって、存在が消えてるよね、わたし?みたいなことに、はた。と思い至っているというか。心細い。というか。

だいたい、女って括るけど、わたしわたし、という自己中心的なざまをふりまく生き物。偏狭な意識は、若気の至りって丈でもなく、年増になってさらに世間が狭まった枠になっていたりする。

とにかく、隔絶して、わたくしの副業が、現在のにわか稼ぎ先を上回っていけば、その俄を外せばいい。是非、外したい。

わたしに、執着があるひとだったとおもうけど、ご自分が凄いってことを、承認されたいひとが、血の滲むような切実な訴えを、わたしに対して続けてらっしゃった。いいところをみせたいってこと。そのひとは、ずいぶんと足元を踏み外されて、生活保護を受け始めたらしい。それでも、尚、こちらに高飛車な生活態度を示すことをお止めにならなかった。40通くらいも、午後5時間にわたってメールを、こちらに打ち続けてた、もうあれはかなりな事件。

わたしは、その気が狂った人から発信されたメールなどを読まなきゃよかったのだ。むざむざと、書かれていた言葉に傷つき、いちねんくらいこころが灰色になったとおもう。暴力だった。そして、気がついた。この暴力主と似たようなひとばかりをわたしは周りに引き寄せてきた。いつ、そのひとりひとりが豹変してもおかしくない。

実際、誰彼が年増になることとセットで、気狂いかとおもうような、偏狭な変質者に変貌を遂げてゆく印象だ。わたしのことだけがかわいい、というのが、若い内は、なにかしらのオーラがまぶされて、悪目立ちをしなかっただけ。おまえらの醜さは一体なんなのか。

本当に、誰もいなくなった。友人知人の、ほぼすべてが、もともと仮面だったのだ。

晴れて自由が開ける。

それにしても、ゾンビだらけでなんなの。

TORABARA きさらぎ11日

建国記念日。神社さんへ参り、太鼓の音が聞こえた。となりのとなり駅、から歩いた所にある美術館へ行く。ここの美術スタッフさんの対応は、年寄り客に特化しているというか、あまり接して気持ちいいものではないため、なるべく関わってこないでね、という防御がいる館。作品は、毎度、抜群によくて、今日はどうしても来たくなった。

もう20年も昔か、奥村土牛さんを、ここで知った。姪っ子の和服姿の絵が展示されている。この子は、早世して、なにか不運で、いつも美しかった。

という土牛の文が寄せられていて、わたしはなみだぐみそうになった。人の存在への、まなざしの、真実味にふれるかんじ。人の格調に寄り添う、というのかな、なんか好きってことを言い表わすときの、距離というか。

田舎者が決まりきった的に一辺倒にベタベタしてのぼせる。人に、白か黒かしか色を塗れないひとばかりを見てきた。存在を照らすとは、どういうことか。見解の広がりの豊かさは、たった一文の中にもあらわれる。

駅に戻り、雑貨屋さんで歯ブラシを買って、歯磨きもして、川崎へ行きたくなっちゃったわ、厄除けの寺へ。何十年ぶりかしらね、タンキリアメを包丁でリズムつけながら、トントンカットしている光景を覚えている。あらためて、大きなお寺さんに、感嘆した。

屋根、横に長い。

大きな太鼓を絶賛叩きまくり、火を焚いて、お護摩祈祷の最中だった。明日からまた、株がうまくいきますように。悪い気配は、消して下さい。

川崎駅行きのバスに乗り、駅ビル散策。お目当ては、山と高原の地図。あった!

地下街でコーヒー飲む。アメリカンがいい値段ね、と思ったが、もの凄く美味しかった。また、ここで、飲みたいわ。休みの日の行先で、ここら辺りのことが気に入った。

寺へ、誰と一緒に行ったかを、思い出していて、わたしは一生そのひとと行く行き先を増やしていくとおもっていたのに、数えるほど。ぜんぶ言えてしまえるのかも。たぐっていて、おもいだしたことでこぼれおちてしまわないように、その像をその像のまま、きおくのなかに温かくもどした。

TORABARA きさらぎ10日

また、だるさがある。食事の、油が合わない、のかも。あんまり食に興味が持てないで、食べない。みたいな子供時代があるひとの話を、聞いた。わたしは少食で体も小さかったため、人並みに食べることは苦行だった。食べるのが遅かった。

親戚のおじさんが、とっておきのラーメン屋に連れて行ってくれたとき、なかなか減らないし、麺が伸びてくるし、半分以上残したのだったか、あからさまに嫌そうにした、そのおじさん。それも相まって、なんか、ラーメンがいつまでもあまり好きじゃないのかも。

食欲を盛り上げるために、ちょっと食前酒をいただくのは、ちょっといい習慣。チンザノの赤、とかを。

半身浴した。手仕事で作業したいことがあるのだが、家のひとの、とらわれっぱなしな空気、家のひとは懲りもせず、また金をつぎ込んだ。が部屋を占拠していたため、別室へ。

AIがどうのこうのという本を読む。理論としては、どこかへ連れて行ってくれそうだが、人物が、信じきることができないというか、かつて罪人になって償ってることの影響を、その人物から嗅ぎとるというか。なんか言い訳的な言い回しだったり、理屈の果てに楽園が無いかんじ。読めばいんしょうが変わってくるかもしれないけど。

TORABARA きさらぎ9日

しゅっしゃ。

株は、わたしの予言が命中。このアドバイスを聞けば良かったのに、えげつない欲が暴走した知人は、さっぱり、この好き日の恩恵を享受できなかった。それを、無念に思っている。

3800円のラインでダブルトップ。自民高市さまご祝儀相場で200円アップ、寄付きに、最高値だろ、4000円に到達したことがない銘柄が、いきなり4200になったりしない。確実に取るなら3950を指す。

ズバリ、これが結果になっている。目に見えて下がる株価。気が付いたら、ほぼ利益がない辺りになった。相談と称して、自分の考えしか推し通さないひと。わたしは、現実が、よく見えるようになっているのかも。読む。という才能というか、わたしの経験則で、あたりまえなかんじ。が当たる。わたしが何をしゃべったのか、に耳を貸さなかったことと、結果を確かめたならまっ先に、わたくしの的中を、褒めるべき。

何度も何度も、株の画面を見に行っている。それどころではないって日。しごとの帰りに、餅っぽいのが入った温かいドリンクをいただき、ちょっとビル外を歩いて夜景を見る。湾の、たゆたゆした海面に、マンションの灯りが落ちている。橋が見える。高架を音のほとんどしない電車が走った。気を落ち着けて。と、帰宅するも、また株の画面を見ている。明日からの善策を、練るというか。明るく。いいことしか起こらない。