TORABARA ふみつき7日

家に居て、夕刻から温泉へ行く。

家で、久しぶりに、ミシンの仕事をした。たのしい。わたしが、百歳にむかって極めるとするなら、ミシン。をおいて他に無いとおもう。ミシン、というか、服。服にまつわること。作る。

温泉は、プールもあって、今日は、どこまでも泳いでられるくらい、調子よかった。

靄がかかるくらいも、暑いっていうか、蜃気楼がみえそうな、湿った空気なのか、窓からの光で、CDプレーヤーの上に置いてるCDの周辺に、まん丸の虹ができていた。

休日が二日あった場合の一日は、家の日にするといいのだ。落ち着いて下さい。ってかんじ。わたしは出かけすぎる。のかも?

空が綺麗だった、昨日の中目。

TORABARA ふみつき6日

美術館にふたつ、行こう。旧伯爵邸、が公開されている、お屋敷に行って、お屋敷を廻ったという余韻を残す。

ふたつめ、武井武雄展が、とてもよかった。美しい本を、限定で300部ずつ、刊行してゆくというライフワークがあったことを、初めて知った。先ず、日本の何処に、どの様な細工ができる職人さんがいるかを、リサーチする。ゴブラン織り、ストロー編み、ステンドグラス、エンボス加工。卓越していたのは、象牙細工だとおもった。どこにもない御本。秘蔵しておく宝物としての、憧れそのものが形になっていると、おもった。

ところで屋外が雨雷。屋根に当たる雨の、壮絶な音。ゆっくり、雨止むまで、展覧会をみて、6時になる。

目黒川沿いを歩いてたときは、止み間だったみたいで、ポツポツ降りだしたのが、どっと、ゲリラ豪雨になった。それどころじゃない、目の前で、ドカンって音、危なかった。雷がとても近くに落ち始めた。それで数メートル歩いて、黄色い木のドアを押して入りました。

なぜ、ちょうどいいところに、雨宿りできるコーヒー屋さんがあったの。おとぎ話みたいな時空だった。熱い紅茶。なんておいしいの。

黄色い、店の中に、芸能人の娘がふたり、居たとおもう。名前、知らないけど、ダンスして歌ってる、グループ?フロア、個室。分刻みで、誰と誰がどうしたかを、話している。写真撮るしゅんかんに目が合う。ことを気にして、マンション付近に週刊誌。がくることへの警戒をしゃべっていたけど

頭の回転がすこぶる早くて、物事への意味の付け方が同じ、虫の分類でいう、同種ってかんじがした。外見の整い方が一律、同種なひとたち、の特質がおんなじ。ことは研究対象になりうるか。マスコミの、マスゴミ、になる根のところに、こういう芸能人の感性があるのかも。

中目黒。きらびやかな本屋さんと、雑貨。見てまわってるの楽しかった。

TORABARA ふみつき5日

歯医者さんへ行って、歯は、治ったわ。

古本屋さんへ行ったら、先日、新品を書店で買いかけて、手で持ってた本、レジに進む手前で、むつかしそうかもと戻した本が、100円で売ってた。同じ本。ご縁をかんじるので買った。山川出版社の、地理の本です。

それからワイン屋さんへ行って、ボトル3本えらぶ。料理用、赤白。いつもの、マルキドシャス。

旅の、組み立て方を、それとはなしに考えている。インナーなわたしが楽しむか、外交することで楽しむスタンスか。どっちにする?

TORABARA ふみつき4日

部屋の窓と平行して張ってる電線、中央に、野生のインコがとまって、こちらに向かって何やら鳴いてた。わたしは、窓際にいて、チュッチュッチュッチュッ、と、インコとは似てない声をだしてみたけど、なにをしゃべっているのか、じっ。と聞いてる様子だった。

わたしが声を出してる間は、インコは黙っていて、そののち、同じ数の音を、鳴いたりしたから、呼応してるじゃん。とおもったのでした。

おもいの他、ばててしまったやら、今日は夜、いろいろ取り組む予定だったのに、ワイン飲んで早々に眠りました。

TORABARA ふみつき3日

朝の電車は、ドア付近が混み合っていて、何本か見送ったため、到着がおそくなった。お昼は、たまに行くチェーン店へ。コーンポタージュスープのおいしいお店。とっぷりと、お玉で掬ってる時、うまそー!やったー!って思ってる。

リボーン、生まれ直す。について、わたしは、病気をするということが節目になったのであり、全く別次元な世界に産まれ直したことを、実感した。すべての瞬間の粒子が愛おしくて、ふるえるような気持ちで過ごす。という時間が、それは22才の頃の話。あったから、ほんとうによかった。

木の妖精が、足元まで葉っぱを纏っている。夜にすこし歩いてそう。梅雨の湿気で、鬱蒼としている。撮影したのは数日前ですね。

TORABARA ふみつき2日

ずっと嗅いでてもいい匂いは、百合の花。生姜。カゼの症状が自分の自然治癒力で、ダイナミックに治るとき、平素のコンディションを超えた良好な状態に気管がととのう。気管のうちがわに芳香のような、たまらなく好きな花の香りのようなのが漂う現象。前もたいけんしてて、鼻が良くなるっていうのかな、このかんじ。

体は神殿です。

一年前から、毎月旅に必ず行く。という予定になってて、いろんな土地の宝のようないい物が、この家に集まってきた。思い出もいっぱいふえましたね、わたしじしんのぎこちなさも、思いだすと、なんか、いい。だめだこりゃ、という珍道中になる、ほうがおもしろかったりする。

サッポロビール エビス。

わたしはわたしの為に日記をしるす。

名前にちゃん付けで、たとえばわたしの名前がとらだったとすると、とらちゃん、(一拍置く)とらちゃんが聞いたらびっくりするような額だよ、とお金に関するチラ見せ、があった。マッキントッシュのスプリングコート。人材育成の教育費用。アッパークラスのひとが特権的に、こういうお金をつかえることを、ひけらかして見せられた。とらちゃんが聞いたらびっくりする。という言い回しが、いかにもひとを小馬鹿にしている。この同じ言い回し、が別なつかわれかたをしたところが(も)、嬉しかった。

あなたが為してきたことの意味を、あなたが知ったら(一拍置く)びっくりしますよ、それほどのことをまっとうされた。

という、預言の余韻。

家の経済的なランクによって、はじめから、閉じ込められる層があったとして、全くプライバシーの無い、狭い部屋を、知らない人と共用する。この生活空間は、自己の確立以前にあったから、牢獄と同義だった。あるいは被災した状況を体験していたといえる。いいように我を張っていればまだ乗り越えられたか。

わたしと同室だった、名字に梶って付くデブな女が、芝のたったままなボロい椅子の足に、自分の着古した肌色ストッキングを巻いて、床と擦れないって意味で巻いたと思われるけど、それはどうにもきちゃならしい穢らわしい。そこに巻きつけてるの、おまえの汚物だろ、そのブツが、すぐそばにある、ことが嫌で嫌でたまらない。昭和の暗さ。

自分を縛りつけて、飼い慣らしたはずの自分が顔中に吹き出物の噴出、梶って付く人、無理してるんだろ、身体が贅肉だらけで醜い。そのからだから常に陰気さが醸し出されている、接したくない嫌悪感のある相手と同室。ここに帰ってくるしかない。というか、勉強机に向かって何かをする用事を、わたしが持っていなかった。

私からは無視してたんだっけ、やがてそのデブ女は、別室に移ることになり、わたしは真っ先に、その椅子の足のストッキングに鋏を入れてかなぐり捨てた、という覚えがある。あるいは、その女の留守中に、そのブツを捨てて、それで揉めたのだっけ。忘れた。

寮に年寄りの寮母さんが3人くらいいて、料理に何本も髪の毛が入ってた。食傷。お台所の不潔さは、シャレになっていないんだけど。嵌った沼の、どこから解体したらいいやら、非力なわたしは、しばらくなにもできなかった。いいえ、自分が病気になることしかできなかったといえる。じりじり2年めの半ばで、わたしのメンタルは、こわれた。

わたしの所属している学校が6流大学で、それは、みじめなことらしいと、じわじわと味わっていったとおもう。みじんもすきではなかった。好きな人好きな場所好きな時間。がわたしからなぜこてんぱんに奪われていたやら。厄年、では言葉が足らない。

わたしを守らなかったのは、わたし。であるかもしれないし、取り囲まれている条件がわるすぎるだろ。水が合わない。植物でいうところの立ち枯れ。環境はね、あなたに合ったところに替えなければいけませんよ。という学び。友人以前に、言葉が噛み合って交わせる相手が、皆無。というじょうきょうが堪えた。

高校卒業後の丸4年間は、闇に葬ったほうがいい。拠り所が、わたしが実家だとおもっていたとして、物理的には、実家から、田舎ならではの価値観から最も離れたほうが良い。ゆくゆくびょうきになるよ、が、まんまとびょうきになった。たぶん、この4年間の内側で関わった人たちを、悉く、わたしは捨ててる。わたしの健やかさの礎は、生まれ育ちの因縁を捨てる。ことでやっと始まった。

TORABARA ふみつき1日

夢を直前まで見てて、ふっ。と足、攣ってるっけ、といしきが現実に戻って、つまり起きたしゅんかんに、液体筋肉痛の薬を掴み、そして塗った。

朝は雨の中、公園へ行く。昼は、肉買い出しだ。

ランプシェードを掃除した。こんなに埃まみれになるまでほったらかしで気づかないなんて。床の掃除機かけても、あんまし埃がない部屋。とおもってたら上に積もってた。新品みたいにキレイにしたから、空気もよくなるはず。

そして夜、ウィークエンドパウンドケーキを焼いた。これは名前の通り、週末に作るレシピ。週末に作るはずが月曜になった。ラム酒がききすぎるシャビシャビな大人ケーキ。

石鹸の、ポスター。