TORABARA はつき23日

フォーラムのクーポン券は期限きたので消えてた。

アフターワークのお出かけは、新宿の映画館へ。てっきりクーポン券は使い回せるとおもったから出かけた。せっかくだから、目星つけてたインド映画、観よう。クーポン券をお金払って、もう一度発券いたす。

昨晩の映画と、なんだか似てたわ、わたしの今ほしがる傾向は、こういうバトルなのかも。えげつないくらい女同士が戦っているし、本音が剥き出し。インド女の性格的片鱗か、つい旅行中にいきなり口争いをしたインド女を思い出した。カーリー女神。破壊と殺戮が喜び。らしい。

映画館に、大判のポスターがあった。

昨晩は、真黄色の長ズボン、大きなおリボンさんが腰に付いてるやつを着た。今宵は、真っ赤なワンピース、大ぶりなピアスも付けた。派手な週末は、ばんざい。街が明るくなるよね、レンガの道ど真ん中を闊歩。

次回はトレーにチュロスとかポップコーンのせてみよう。ごきげんな時間だね!

TORABARA はつき22日

アフターワークに、お出かけをする。先ず、お化粧をする。バスに乗り、渋谷へ行く。

フォーラム、という映画館で使えるクーポンを持っていたけど、東北地方のフォーラムグループ映画館だったらしい。クーポンが使えないと判って、Uターンしそうだと受付のお兄さんはおもっただろうか、普通にチケットを買った。キワい映画を久しぶりに見よっと。

ふだんの行動範囲ではない辺りへ出かけたから新鮮だ。渋谷フォーラムへは、多分10年ぶり。

デビルクイーン。

ブラジルの70年代の空気がそのまま映ってたとおもう。悪人上等。血の気の多さ。警戒アラームの音が、効果音として、音楽の代わりにながされていて、それは中心人物、デビルクイーンの心情だったりした。翻訳ではオカマと言ってたけど、近年のそういうひとたちの印象は、装いが美しく、逞しさがチラ見えする、異世界の心優しい生き物。かつては、青っ白くて、病気をおもわせる風貌、女に化けきれていない化け物。お決まりの網タイツ。憶えがあるカンジ。特上に娯楽だった。ラストシーンで腹から笑いがこみあげた。性悪説のまかり通り方が、可笑しい。

そのまま華やいだエリアの夜を散策した。映画館に向かう時に、背高のっぽな女、わたしのあたまの位置がおしり、くらいの外人が目の前を歩いてたけど、帰り道は、銀髪で全身銀色の服を着た、コンビニの天井に頭が届きそうな外国の男が、おどるみたいに立ち現れてた。なんか映画のシーンに入りっぱなし、みたいだ。

わたし自身を外へ誘い出して、とてもよかった。

TORABARA はつき21日

朝、薄暗いバスルームにて。手を洗おうと蛇口をひねったら、シャワーから水が直撃。わたくしの服はびしょ濡れになった。しばらく、ぽかん。と濡れっぱなしになってた。スカートもTシャツも、腰のあたりが全体的に水びたし。

カラン。の方のレバーにしていたはずなのに。いつもは、しゅんかんてきに目で確かめてるのに、忘れた。え?わすれるって?

記憶がしゅんぱつてきすぎる症状。

夕方、図書を返却するつもりが暴雨になっていて、お出かけはやめた。デイヴィッドリンチのドラマを日付変わるまで見てた。

赤ワインの、メモ。mencia21 スペイン・ビエルソの地で造られた、黒ぶどうメンシアのワイン。ガリシア語が使われている文化圏であり、ブドウ栽培はローマ時代から始まっている。聖地サンディアゴ・コンポステラへの巡礼者が伝えたであろう、ブドウ品種のルーツは謎。華やかで優美なお味。プロポーションが秀逸。

ひと口めから、まるでちがう、もの凄くうまいワインを見つけたわーーー

TORABARA はつき20日

出社した日。

ランチに入ろうとしてた店に、ザザッと列ができていたのでアキラメタ。即座に次のこうほの店。へ行かねば。食いはぐれるかも。それでハンバーグ、ちょっとランチにしては高価な店。ガラガラで三分の一しか客が入ってなかった。周辺は軒並み、行列ができているのに。以前よりも盛り付けが雑になってた。どうかクサクサしないで、がんばって下さい。

就業後のショッピングは、ふらふら、お化粧コーナーでバラの香り、シャンプーが欲しいか考えた。本屋で次の観光地を選ぼう。それと怪獣のキーホルダーを見つける。豪華なチーズセットもいただいて帰りましょう。

モチモチしたやつが入った、ホットドリンクが欲しかったかも。おやつはロシェチョコとホットカフェオレだった。

TORABARA はつき19日

旅ふつか目。

チェックアウトが12時らしい。もっと早く出発すればいろいろまわれるのに、旅館の時間を守ることを優先する家族のひと。朝食が立派だったのに、昼12時にステーキ屋に行く。食べて食べて。というのが家族のひとのヨロコビらしい。モヒートを飲んだら、すこしお腹空いた。本格的なステーキを、ちょっと無理して詰め込む。合わないひとに合わせている。ことわるほどじゃないけど、わたくしにとってはありえない予定の組み方。

そして、交通経路が敷かれたレール通りな移動。登山鉄道、ケーブルカー、ロープウェイ、海賊船。人生の枠も、身動きなどとれないようなレールかも。進むしかないような。何故か急いて、混み合って、いっしょの箱のひとの様子をうかがい、途中の眺望をそこそこにして終点へ。湖という最終地点。お決まりなコースに冷めてるっけと自覚した。

神社さんへ辿りつけなかった。湖畔に散歩道がある公園をまわったらくらくなりはじめたので帰りました。雨がけっこう降ってきたとき、ちょうど木が屋根の代わりになってて、雨に当たらなかった。

元箱根発、山の中を走るバスから、山肌が見渡せていて、モクモクとした木が生い茂っているのを、眺めることが大好物なので、バスに乗ってるとき嬉しかった。

いまいちなまま、なにかはゆるまった旅。

お宿は、川のせせらぎの音がお部屋で聞けててよかった。標高が高い、高原だから涼やかだった。大涌谷は、さむいくらいだった。

TORABARA はつき18日

夏の旅行。朝になって荷造りした。出発したら携帯電話を忘れてることに気づいた。ま、無くていいか。とおもった。

家族と旅行。まるで期待していない。まし。に過ごせるとマル。だとおもっている。チェックインの時間を、義務みたいな守り方をして、暴飲暴食、観光地は、ほぼ廻らないだろう。

当たり。ひとつ、美術館へ行った。おわり。

お宿が、若者向けな場所というかんじ。居心地が、ちょっと残念だった。ホテルのサービス態度があんまし好きじゃないやつ。

家族のひとは、普段ひきこもっているので、こういうお出かけが精一杯なのだ。そして、わたしはその不器用さを眺める。このひとと出かけているうちに、なにか、そのうちにいとしいところがみえてくるといいとおもう。

TORABARA はつき17日

台風がヒドくなくて過ぎて、よかった。そして、暑い。

昼に、初めて行く洋食屋さん。ハンバーグが、ソースが、酸っぱくて、かなり不味かった。これ、腐ってるのか醗酵してるよね、体にいいのか、不明。どんどん客が入ってきて、混む店。こういう味がいいという味覚のひともいるのね、という驚き。

またしても、下衆すぎる会話が筒抜けで聞けてる。主婦の四人が、マウントし合ってるとしかいえない内容の会話。コドモハチュウガクジュケンスル、リコンシテ、デアイケイアプリデヒクテアマタニモテテ、イマカレガデキテ。んちゃら。としゃべっていた。

ゲンナリして、帰宅。昼寝して夕方になってた。明日は、旅行。チケットを駅に買いに行った。

夜、大切におもっている映画を家で見た。15年前に映画館で見た時、地面がかたむくようなめまいがあった。わたしは自分の過去と重なり、過去。わたしにはいったいなにがあったか。が、映画にえがかれている衝撃。年の離れたひととの、不器用な時間。それがこわれたこと。

パリ・テキサス

(物語の中に)別なものを見て、また泣いている。主人公の男が優しさに包まれて存在するかんじ、何がしたいか。何はしたくないか。を自分自身にたずねてゆく、たましいはかわいい。愛について描かれている。

TORABARA はつき16日

しごとのないようが、ヒマであったと同時に、今日が終われば休みに突入するなんて信じられない、とおもって過ごしていた日。あと何時間、というカウントダウン。そして、おわってみると呆気なかった。

ガプッと、赤ワイン飲んで、

パーフェクトデイズ。の続きを見る。感想。かつてのわたくしの暮らしと重なるような営み。住んでいる家が、どこか似ていた。出かける時にパッと取れる鍵、とても気に入っている鯨の歯のキーホルダーを付けていたやつ。それとビーズでメロンの形した財布。が、玄関横の、分厚い造り付けの板からパッと取れた事。その度に、板のちょっと高級なかんじの音がしていたことがきおくから蘇ってきた。それを気に入っていたこと。

毎日、銭湯通いをしていた。家の離れの風呂場というカンカク。渡り廊下が屋外で、渡り廊下にしては長い。穏やかな街灯がアスファルトの道路を照らす。住宅街の道なので、ほとんど車は通らない。風呂道具をぶら下げて、限りなくかよった。

そしてなぜか体をCHANELの石鹸で洗っていた。

檜の桶を使っていた。毎度、よく拭いて、手入れを行き届かせる。粋。とはなにかを日々の暮らしの中で実現させていた。

夜、9時を過ぎて、クラシックをかけてる喫茶店へたまに行った。コーヒーをたのむと一滴、ブランデーを小瓶から注いでいただける。

喫茶ヴィオロン。が近所にあることが、賃貸アパートを借りる決め手になったきがする。暮らしの端端を確かなものにしておくこと。がわたしのスタイルだった。とても、なつかしい。

このような根底から、派生して、毎日緑の素晴らしい小道を歩く、おんなじ木ばかり写真に撮る。という時期もあった。これは今も、朝、木の茂み、公園か神社へ出かけていますね。

主人公、平山はmonkっていうイメージ、僧侶の営みと重なる姿。らしいけど、かつてのわたしは、monkだったかしら。