TORABARA しわす31日

一年の感謝を、神社さんへ行って、唱えた。なんて守られた、盛りだくさんの年でした。

厳島神社さんが入り口そばにあり、今年はじっくりと宮島へも行けたことをご報告した。いつ来ても美しい。

昨日、夜中の2時過ぎるまで起きていたため、日中だるくなって横になったりした。夜近くから、おせち料理をいくつか、作りはじめた。やっと。

わたしのペースが、もともとゆっくりしていて、その素なまま、すごしていた。

日付も変わって、家族のひとにおめでとうを言ってから眠った。

TORABARA しわす30日

家の掃除と、お節料理を作らないつもりだっけ、あんましやりたくないことで行動出来ない。

あ、お花買いに行こう。花束をよりどりみどりにバケツに入っているお店へ。お花のかおをみて、じっくり見て、特別におもえるクリーム色の薔薇を買った。凛とした存在の、畝りがしっかりとしたカーネーションも買う。

背景に家の人のタバコストック、わたしが育てている球根も写った。

おもむろに、お部屋の内と外の植物の世話を始めて、たこ足のコンセントを壁に設えるとか、テーブルを拭くとかをした。本を、好きなふうに集まってきているのを、一同に棚にならべた。ふむふむ、いい感じ。

棚の上は、レコードプレーヤーを置いた

古いレコードは、捨てることにした。好きかどおかに「お義理」を排してゆくと、ものごとはスッキリする。

TORABARA しわす29日

なんかぜんぜん。掃除も料理も、やる気が無い。去年の、強烈なたいけん、窓枠から窓を外して洗い出した、あれはほとんど事件だったと振り返る。

昼過ぎから、近所の温泉へ行くことになる。家の人と。でかけることが貴重な人。このひとの「家」にまつわる思惑に、得体のしれないところを察知している。田舎臭、と呼ぶようなところ。身内とだけ関わる閉じ方。血縁のある妹にあたまの中で触れ続けている。

土地の由来に触れたくて旅をする、触れるというか、識りたいという好奇心で歩く。歩くことはポジティブであることそのもの。わたしの現在の思想と合う相手ではないひととの会話は、ゴツい感じだった。

温泉に入って、プールで少し泳いで、さっぱりした。カキフライ定食は、美味しかったよ、帰宅。

父が本を出版することにしていて、表紙絵を担当したのだけど、絵の作者紹介の欄をどうしてもつくるらしい。わたしは、わたしの活動名、「TORABARA」とだけしておいてほしいのだが、これが通じない。

活動のリレキ、を掘り返して羅列しなくちゃいけない、これのどこがわたしを苦しめるか、過去は、過ぎ去った神、みたいにおもう。

田舎暮らしの老人が、地区公民館の班長、すらを肩書きとして経歴に書くぶざま。そこの同次元になりたくない、反発なのか。ご縁とは、

おおよそたまたまの成り行きで、形がつくられてゆくようにおもう。わたしの向き、はあるとしても、自力で出来たことなどほぼ無い。他力あってのわたしだということです。それで手柄を並べるような記述に、気が進んでいない。

テキトーに書いとけって。配る相手が100人にも満たない同人誌的な出版物だろ、と自分を諫める。今日は筆を取れなかった。

TORABARA しわす28日

年末は、自分自身に、けっこうな足枷をはめている気がする。掃除しろ。ってこと。これからは自由な考えに変えてゆくつもり。今年は、水廻り3ヶ所がなんと、新品に工事された。かるーく拭くだけでお掃除は完了だね。

近所の老人と、浅草に蕎麦を食べに出かけた。

その前に、上野へ寄ろう。そして大繁盛しているアメ横を、よくよく見て歩いた。美味しそうな大粒いちごが3粒、串に刺さっていて旨そう。食べ歩きをする。胡麻団子、スナック菓子。次々と買い食いして歩く。輸入食品屋さんで、お正月用のお菓子と紅茶を入手。

たたき売りしているハムを、言われた通りに買う。おやじが、もの凄い、喜んだ顔をした。予想よりも高くわたしに売れたのだ、きっと。

あんな、喜んだ顔を見られたから良かったネ、と老人と、口々に言った。お祭り騒ぎが楽しかった。

浅草。年末にも来ることが出来た。天せいろと笹の川の熱燗。ちいさい蕎麦味噌を舐めるようにお箸の先でいただくのを、気に入っている。この定番を、一年に何度も出来るようになった。暮らしが豊かになってるかしら、うれしい。

浅草寺へお参りした。川端龍子の天井画は、現在なお修復中です、堂本印象のほうを撮影いたしました。

天女。

帰宅してから胡桃のケーキを焼いた。生クリームをなんとか使い切った。

TORABARA しわす27日

しごと納め。なのだが、釈然としない。なにがだろうか、体が少しだるいせいで、うすぼやけてしごと時間が終わる。やたらジャンクな食べ物を嗜んだ。

しごとが終わったとたんに、ワインをいただく。しごと中に、生姜蜂蜜柚子紅茶、の温かいのを飲んだ。少し、不調のもやを晴らした。

お隣さんのお庭は、二階のわたしの部屋から、常時、視界に入っていて、わたしが庭と共に過ごしているようなもの。借景で、こんなにも好ましい豊かな植木を眺めていられることが、わたしへの祝福だとかんじている。野鳥が、はしゃいで遊ぶ庭です。

昨日と今日は、ここに庭師が何人も入って、年末恒例のお手入れをされてた。音も、好くて、枝や葉がさっぱりと粋にさんぱつされてるって風で、職人さんの直足袋姿なのも、なんだか風物詩で好くて、この光景を目にできることに、時折、涙ぐんでいた。

ほんとうのこと。を、ちゃんと見ておく。みたいな光景。大事にしてゆくことが何か。どうかこのまま、つづいてほしい。

それにしても、体がどんよりしているので、夜、9時にとっとと寝た。

TORABARA しわす26日

昼休憩に、気になっていた版画の、腕と手の部分を、彫り直した。夜、年賀を刷る。

うふふふ

足が五本指タイツ履いてるわけじゃないから、やはり、線になる描写のほうがいいよな、と思いはじめている。

夜の時間、初めて行くスタジオで、ヨガ。行くのに20分近くかかった。眠れるようになるクラスって銘打ってあるが、わたし、即寝れるタイプだった。四秒くらいで。わたし、なんでこんなに早くねむれるっけ、とヨガの最中ぼんやり考えてた。

それは、すこやかだからよ、わたし。

わたし、わたし。ほぼ他人の介在しない日だった。

TORABARA しわす25日

クリスマスケーキを探しに、お昼休憩は外へ行った。先ず、いちご売り場を見て、もしもお手頃ならばいちごだらけのスポンジケーキを焼こうと思ってた。いちご、高価すぎたため、プロの人が焼くいちごショートケーキを賞味することにした。

駅の北にも南にも、正面にケーキ屋さんって素敵だね。

夜になって、グラスにロゼワインを注いで、まずはケーキの時間。とってもおいしかった。

お正月は部屋の外で過ごすことにする。今日行き先がくっきり希望できて、たのしみな予感。こんどこそ矢鱈と出歩くのはやめて、お部屋でたらーん、と寛ぎたい。持ってゆくお酒の瓶も決めた。ロゼのシャンパンにしよう。

夜が更けてきて、木版画を彫刻刀で彫り進めた。ガサガサなまま、今日はここまで。つづきはあしただわ。

TORABARA しわす24日

クリスマスイブ。家の人が、近所のスーパーでクリスマス特別お惣菜を買ってくれた。ロゼワインなのに白くね?というひと瓶を開けた。

酔っ払ってきて、口から、家のひとに率直なホンネを話し始めた。もう、この家を出たらいいんじゃないの?家の人は、画面に執心していて、学習及び実践で、お金を稼げるようになるかを丸4年くらい取り組んだ。

もし実力がある人ならば自分の器量が週二万円稼ぐことだということならば、そこで止めるとおもう。勝ちだしたとき、いきなり年間目標の数値を持ち出して、まだ足りないとのめり込み、結果もともと勝ってた二万円も失った。

キューブリックの映画で、雪山に籠った主人公と同じ症状になっていると観察する。「わたしは小説が書けない」と連打しつづける。

わたしが気に入らないのは、ふたりで過ごしましょうではなく、のこのこ、自分の母親の元に泊まる、そのため休日の自由な時間は、わたしと過ごすことには充てられない。このこともだけれど、

その画面を見ていて、おおきな溜息をあけすけに狭い部屋の中で吐かれる。背中合わせでお食事をしていると、どうしても、わたくしの消化に悪くひびくとおもわれる。

以前、食事の支度がままならないからと、居酒屋で食事をした場面があったけど目の前で家の人は体ごと横向きで画面を憂鬱そうに見入っていて、やはり、非常に消化に悪い影響があったとおもう。

わたしのことを好きだという男と、向かい合ってお店の席でお食事をする場面が、かつてあったけどその男は、わたしをじっと見たまま、なんて綺麗なの、どうしたらそんなに美しくなれるの。と声をかけつづけていた。

およそ、その形容詞が検討違いじゃね?とわたしは内でおもいながらも、食べ物をいただくシーンとしては、わたしのからだは特上な消化をするのではないか。楽しいわね、可笑しいわね、が体に良い。という経験。

とにかく。家の人、と言ってるひとが、いつのまにか家の外の人。になりそう。そうとおくない未来だという気がする。