TORABARA きさらぎ4日

しごとやめたい。というのは気分的な連続であり、絶賛辞めたいっ という日だった。もしやめたら収入1カ月じゅうまんえん。くらい下がるバイトなら転がってる。かな、ストレスを秤にかける。それだったらさ、

ガマンしてもうすこししごとをつづけるとして、じゅうまんえん。の予算で旅行しよっと。大胆な予約を、あちらこちらに入れた。

梅。咲きました。

今日、お部屋そばの電線に、ウグイスの見た目な鳥がとまりました。メジロかもしれない。小ぶりで緑色の鳥ちゃん。とっても、うれしかった。

夜、赤ワインの瓶を開ける。パーカーポイントが90点以上、これがうまいのだ。

TORABARA きさらぎ3日

節分は、昨日だったのだけど、この日付けを節分だとおぼえている。

しごと先の、私達の蚊帳、その内外が、目で見ていてあけすけだね、と感じた。辞めたい。稼げていて感謝だというよりも、別な、大事な次元で考えることがありそうだ。

この日の夜、ゆめを見た。「会社の人に、名前を呼んでもらえますように」と、「すこし痩せて見えますように」このふたつの願い。神社みたいなテラスになっている場所に、わたしは二人連れで来ていて、願い事を代理で唱えてあげます、という係のひとが、勝手にこちらの願いだとして決めつけた。このズレるかんじ。

はぁ?そんなこと願ってないんですけど。この齟齬こそが、現実での状況だ。

しょくばの人たちとお昼をご一緒したときの、会話のズレ方。どこかの土地に旅行へ行く話の時も、行く先を二つまとめて言うおばさん。そうではなくて。わたしのとっておきな旅の思い出は、その世間話には乗りようが無いかんじ。

宮島、弥山。朝からフェリーで島へ渡り、一日かけて滞在した。満潮の、水色の海をみて、山登りして、降りてきた頃、干潮だったので鳥居のそばまで歩いた。

このディテールが、世間話で薙ぎ倒されるだろうし黙ってるかんじ、が夢になったよね。

TORABARA きさらぎ2日

雪かもしれない日。雨が少し降った。あちこちで、家の食材を買い出しした。

節分なので、豆を、煎ってある大豆を食べて、食べ飽きたので外に播いた。

お赤飯を炊く。小豆を茹でるところから。はじめ、水から茹でてると湯が赤く染まる。豆を掬い上げて空気に触れさせる。さらに鮮やかに色つくコツです。この最初の茹で汁をとっておいて、炊く時に使う。うまい具合に仕上がった。

ウドの酢味噌和え。レンコンと牛肉の煮物。ごぼうサラダ。などの調理をして、ヨガ教室へ行き、図書館に寄ってから帰宅。家でロゼワイン飲んでた。

家の近所にしか行かない休日だったね。

TORABARA きさらぎ1日

読んでいる本の影響は、常時わたしに有るとおもう。天界と地界、は船井幸雄氏のコトバで、身内とか血のつながりを地界と連呼して、数日前使ってた。現在の読書は、精神科医のひとと、料理家の共著で、自分のために料理が作れない人、について病理みたいな焦点をあてて書かれた本を読んでいる。病理。のつもりは無いだろうけれど。

わたしは、子供の頃、料理を仕込まれた。ひとりで家族分のハンバーグを作りなさい。それとお節の当番、きんとん&田作り。料理を考えつづけている部屋が、あたまの中に有る気がする。今も。

わたしは家庭料理、をせっせと作ることには向いていないとおもう。むらっけ、といおうか芸術的な性格をしているから。「義務」ではない在り様を模索していて、模索こそがライフワークなのかも。完成に到達するよりは、常に、子供のほうが賢い、ということをどこか意識している。

本に出てくるひとたちの、デフォルトに、ウンザリしている。わたしの場合は、育つ過程での家の料理傾向により、つくられた体の症状が特定できたため、ここからの脱出があった。冷え性、乾燥、粘膜の弱り。

わたしは、飲食業に従事する。という生活の変化があり、食事によって、体の不調を、ダイナミックに克服できる驚きを体験した。ほぼすべての、特に女性は、飢餓の状態です。食べると太る呪縛。

壱。食べて太るのは、体が餓鬼な状態だと気付いて下さい。弍。食べものに対して、禁忌をつくってはいけません。罪悪感を持つことが、あなたに病理をつくる呪いになっています。食べ物が神さま。感謝しかありません。ひとが食べて食べて、初めて生きる。が、デフォルト。

時間が遅い早い、脂が多い少ない、ことに対して罪悪感をかんじる、その脳の理屈で食べるのではなく、体の声を聞く。体がどうかんじているか。にんじんを食べてあなたは軽やかに感じるか、いまのあなたとたべものと相性はどうか。食べ物へは、感謝。おいしい、おいしい。

惣菜の付け足しでほうれん草の胡麻和えを食べる勿れ。どんぶり一杯、食べる。そこから、減らす。ここまでなら食べて美味しい、を知る。

わたしは、ふんだんなオリーブオイル、セロリ、トマト、キャベツ、じゃがいも、鶏肉、のスープを飲み、いったん体がぱんぱんになる症状があり、その時期に栄養が行き渡ったと思われる。栄養満点なスープを薬みたいに飲みつづけていると、ある時、適度なわたしの体の大きさに、しゅっ。と調いました。そして、栄養が体の隅にまで届く。がつづいています。今も。

体質改善のメカニズムを、じっさい自分の体で体験したので、この智慧が伝わるとよい。

今日は、ホテルにて素晴らしい昼食をいただく。上野で美術鑑賞して浅草へ。いつもの天せいろと、笹の川を熱燗でね。蕎麦味噌も。近所の老人と上野で待ち合わせて、だべりつづけていた。

わたしの望みは、収入源を変えたい。意味があまりわからない、私の作業の匿名性が高い、事務に従事していることに、ブルブルっと異和感をかんじる。わたしが素ですごしているときに、へんなかんじ、を自覚する。