仕事はじめ。そんなにだるくなかった。もっと、だるいとおもってたから。
仕事が終わってから、半身浴したり、日本酒いただいたりして、けっこう夜が更けたころ、カフェカーテンを縫いはじめる。
手元が冴えて、いいやつが出来上がった。ふわっとしている。すばらしいのは、前回のカーテンから付け替えることになって、前回とは似ていない生地を選べたこと。この家に似合いそうな、という発想で、布売り場で、ちゃんと、珠玉なのを見つけた。
とても、よかった。自分の、ひと仕事を進める、という心意気が強い。
仕事はじめ。そんなにだるくなかった。もっと、だるいとおもってたから。
仕事が終わってから、半身浴したり、日本酒いただいたりして、けっこう夜が更けたころ、カフェカーテンを縫いはじめる。
手元が冴えて、いいやつが出来上がった。ふわっとしている。すばらしいのは、前回のカーテンから付け替えることになって、前回とは似ていない生地を選べたこと。この家に似合いそうな、という発想で、布売り場で、ちゃんと、珠玉なのを見つけた。
とても、よかった。自分の、ひと仕事を進める、という心意気が強い。
どこに行きますか。どこかへ行きたいのだけど、それがどこかわからない。電車に乗って、いつも下車する駅の手前で、ゲーム。もしもホームに赤いアウターを着た男がいたら、ここで降りる。さて、さて、さて。
赤、に近かったけど茶色かな、という服の男がいた。それで、降りないっ。次に、山手線か総武線のホームへの階段をのぼる。行き先は、池袋か、昔住んだ町へ。早く来たほうの電車に乗ろっと。
わおー、5年ぶりくらいに、その駅へ行く。わたしは、20年も昔に、住んでいた町。神社さんへは、初めてのお参り。なんていい町でしょう。神社さんの境内で胸がいっぱいになっていた。ここに在る、時間の肌理が、たまらなくいい。



おみくじは、末吉で、ひとつひとつ、丁寧なまごころを重ねなさい、と書いてある。ここにある手仕事のことを詠んであるようにおもえる。
コーヒー飲む。ガスで一杯分のお湯を沸かし、ドリップコーヒーを淹れてくださった。わたしが、この日最後の客になった。間に合った。
八方難除け。なんと、今年のわたしの星が八方塞がりですって、道を拓かせてください、と祈る。
本屋さんで何か選ぼう、と随分時間かけた。「自分」の壁 養老孟司著 にしよう。八方塞がりってのを知ったからこそのチョイスだ。壁で、塞がる。みたいなかんじ?
わくわくしていた。昔のわたしが、今も商店街を歩いていそうな、時空が不思議なかんじ。どこかしこに、思い出も散らばっている。わたしにとって、そういう町。うす暗くなったアーケードにジャズ音楽流してるっけ、いつからなの?
神社さんに詣でることができて、本当によかった。長い冬休みは、今日でおしまい。
雪化粧した高尾山6号路を登山する。








薬王院の、御本社に参ろうと並んでいたとき、法螺貝の演奏が聞こえ、駆け寄った。階段から色とりどりの袈裟をお召しの僧侶がゾロリゾロリ、方丈殿へ戻ってゆく列を、見学。最後尾の、高僧は、赤い和傘をかざされながら歩く。
御本堂の両脇に、特別な幟が、かかっていた。幟の、裾に鈴を垂れ下げて、ぎざぎざ長い三角になっていた。
南無飯縄大権現
と念じて、天狗の団扇を土産にした。みたらし団子を食べ、一号路を下山。温泉をたっぷりと楽しむ。鍋焼きうどんを食べて、生ビール飲む。
朝、高尾山へ行きたい、わくわく。行きたいな。という気持ちになっていて、呼ばれていたのだとおもった。早く来なさい、やっと支度して出発して、とんとん拍子に進む。最寄り駅から各停で隣駅へ。乗り換えの階段を登りきったとたんに飛び乗った電車が、特急高尾山口行きだった。夢中に、高尾山に包まれます、みたいな日になった。
ほんとうに、空気が澄んでいて、帰るとき、すこしUターンして、山から吹いてくる風を、なんというか、空気浴っていうか、顔がリフレッシュするというか。しばし、顔の空気浴した。露天風呂にても、顔が寒気の空気浴していて、体が熱々な湯に浸かっていて、極楽ですな。
朝、スーパーが開いていて、ようやく、お節の材料をいくつか買う。大晦日に、栗甘露煮の瓶をさがし回り、なかったため、キントン作りを中止。そのまま、なんにも作らなかったのだ。
帰宅して、黒豆を水に浸ける。数の子を塩水に浸ける。たまごとはんぺんをミキサーにかけてオーブンで卵焼きにする。たたきごぼう。田作りは、胡桃を合わせた。
料理して、インテリアのことは、しないまま、夜やっとケーキも焼いてデコレーションしました。

やる気になるのを待つ、ぼうっとした時間というのが午後に、ひとしきりあった。
出かける。というのは薬になるというか、わたしは昨年も一昨年も、湿気て怠い時期に、旅の予定を立てたため、旅、旅、旅。と、旅計画で気持ちがいっぱいになり、わくわくと当日をむかえ、旅最中は、興奮しまくってるため、まったくだるさなど吹き飛んでいた。魔法があるなら、魔法の中にいましょう。
夜、だらだら、家のひととしゃべる。家のひとがいる時は、かぎりないまどろみ。半身浴して毛糸編みして、なにか、しなくちゃ、とせき立てているものの、粘土が土に戻るくらいもやわらかにゃん。なんにもしない、でいて、のろのろ、おしょうがつに、なりつつある。

初春のお慶び申し上げます。
10時に起きて、神棚をととのえ、花をととのえた。近所老人が国立博物館へ行こうと言っていたのだが、おだやかな陽射しを楽しみながら家に居たい。けどまあ年初にむげに、約束をことわることはないか。と、思い直した。



博物館は、華やいでいました。浅草へ移動して、今半でお食事した。








老人は、繰り返し、同じことを言う。テープ流しとけ、くらい、全く同じことを言っていた。今日のわたしは、このザマが耐えられない。
脳の活動を、お休みしている状態、というのは誰にもあるとして、その脳の基地で何を繰り返しやがる奴か。そいつの優越をなぞるエゴになっている場合は、多い。なにを優越だとかんじているか。トロく、かんじる。
長い付き合いがあった相手で、しまいの方は、繰り返し、壊れたラジオと化して、高校時代の君。の話題だけになり、辟易した。その人物は、学歴に優越があり、わたしの出自が進学校だと知るや、共通項の手綱かなんか、そこを脳の基地にしてたらしい。ひとは哀しい。
出かけたい日じゃなかったせいで、なにか、イラっとしていた。お正月らしい華やぎもあったから、よしとするか。わたしは赤い服、金ラメのチョッキを着た。近所老人は、そのへんの薄汚れたジャンパーを着ていた。そんなみすぼらしさは、お正月さまに失礼。
外に、運気があって、出かけることにより、幸運も授かるようにおもう。そのための覚悟持って、お洒落して出かけたい。