宅急便が、午後届いた。唐津焼は、無事だった。箱も、パッキンも、包装紙をカッターで短冊に切って、箱に貼るかんじも、焼き物をおもうこころが、伝わる。唐津の文化に、ご縁をいただいたことに、じんわりとした気持ち。
今日は、株の調子が良く、いくつかを決済した。
ひとしきり、掃除とか水やりとか洗濯などの家のことを済ませた。

宅急便が、午後届いた。唐津焼は、無事だった。箱も、パッキンも、包装紙をカッターで短冊に切って、箱に貼るかんじも、焼き物をおもうこころが、伝わる。唐津の文化に、ご縁をいただいたことに、じんわりとした気持ち。
今日は、株の調子が良く、いくつかを決済した。
ひとしきり、掃除とか水やりとか洗濯などの家のことを済ませた。

しごと、再開。なんとかやりすごした。家のひとは音にお構いなし。わたしはこのかんきょうで画面への集中を保って、家のひとにゆずってきた。家のひとは、外で過酷な仕事しているから家で休むときくらいは好きにしていたい、と主張した。家のひとの限界が、見えていたこともあるし、わたしは耳から入る情報と別なことが考えられる特技を、活かしている。が、しかし。バキュンバキュン、ドラマは過激な殺戮ものが流れてるんですけど。さすがに、こちらのストレス値が上がる。
クラシック音楽、かけてくれよ。
わたしは、昨日までの旅の、夢見心地がつづいている。とくに、登山の達成感は、わたし、すごいすごいって、万能感みたいなカンカクになってる。
ぜんぶ、よかった。神社だけがある島かと思ってたら、舟が近づいていって、人が暮らしてる?みたいに見えてきた流れとか。おどろきに満ちた。
帰路の飛行機は、まだ旅を終わりたくなくて、ふてくされたような気持ちだった。旅が出来たことに、大きな感謝。
登山した日。













加茂川の渓流の音を聞きつづけながら登山。林、木が等間隔に林立している間から、渓流が太陽に照らされている、光はわたしの足元まで木々から漏れて届いている。うつくしい光景をすべて、写真にうつしたわけではない。シャッターをきる、ためにあゆみが止まるというのは、後々、写真が残るための今の犠牲、でもある。目に焼き付けて記憶になることが貴い。ぱっとみたことをじぶんにとどめることを、きたえたい。時間の、至福なかんじが自分に蘇って、その手がかりになるくらい、ちゃんと残るといい。



暑かったので、ガードレールに、アウターをデポ。急峻な立ち上がり。本気モードで、カメラとかポーチをリュックに仕舞う。




時間が早いっすいすい登れました。もうひと山、いってみよー!つばき橋に戻り、二丈岳への登り口へ。

美しい。わたしの後ろから、ひとり、追い越して行かれました。つばき橋以降で、唯一、このひとを見かけた。天狗が化けてた?このひとは、二丈岳頂上にもいらっしゃらなかったよ、深江方面へ、下ったのか?ほんとうに?








スタンプラリーやってるから、とにかく地下鉄空港線で西新の駅へ行く。タクシー。夜景をたのしむつもりが、タワーに登るのを待つ列が50分、混雑で進まなかったなんて、ばんくるわせなできごとだったし、行きのタクシー1000えん、タワー1000えん、帰りのタクシー1310えん。この課金、スタンプに掛けなくてよかったっけ。温泉にパッと入ればよかった。この後、飛行機乗るし、焦ったきもちなまま、夜景見てる場合じゃないっ。スタンプ押してとんぼ返りっ。空気が澄んでいて、この世に、こんな麗しい夜景があるのかというほどの美しさではあるものの、
ぎゃー、飛行機、飛行機。と、わたくしは順番待ちの列で仁王立ち。屋上階に昇ったのも、いっしゅんで、2分?とっとと降りて、もったいなかった。


ビルも海も川も見える。

曇り。窓から見えていた橋を渡ってみる。虹の松原。少し歩いておこうと思って、午前中は、松を見てて過ぎた。






巨石があり、割れ目は、秀吉の刀による。みたいな伝説もあり、祀られていました。願いがかなうなら岩よ、割れろ、で割れた。
レトロな駄菓子屋さんにてお土産。海産物屋さんでお土産。なんか値段まちがえられて多く払ったのかもしれなくて、再度、ねだんかくにんするために店に入ろうとして、やめた。500円くらいは喜捨でよくない?
バスに乗れる行き先でタクシーになったとき、高いことが損ってすぐに思わなくなりたい。こういうの、行き先が神社さんならば神社さんに納めたねっ。て思う。タクシー、というしょくぎょうが活性化しててくれることは、世の中の豊かさ。
海産物屋は、経理が大学ノートに、手書きでボールペンで数字書くタイプだった。身の回りで絶滅したとおもっていることが健在。紙を少なくして、ネットで活字はパソコン文字で、みたいな方向は、つまらないのかも。それを、ひと目見て、はっ。と思い出せててよかった。
今日は波高いので、それを午前中わたしは知ってたし、七ツ釜へ行く舟が欠便。丘の上に牛がいる牧場へ行こうとしたら通りすがりの乗用車のおばちゃんが窓開けて、そっちの道路は通行止めと言われた。徒歩なら行けたらしい、と後で知るのだが、その時間に、神社さんへ行くことができたので、わたしは神社さんへ行けってふうに理解するというか、自然なながれって、ある。
また呼子へ行くことがあるかもしれなくて、何もかもすべて制覇しなくてよかった。
唐津のまち。石垣がそのまま残っていたり、城の工事の跡を、体感できる。焼き物が、展示されている売り場で、お土産を選ぶ。本当に欲しいものは、粉引きの抹茶碗だったとおもう。なにかのふしに、頼んでみようか。家宝、みたいなお値段だった。
タクシーでホテルに帰る。大浴場に行かないまま、部屋の中ですごした。スキーの実況で、金メダルに手が届くかもという実力の選手がミスをして、直後、感情がたてなおせなくてストックを放りだして、雪に寝た。むき出しな、くやしさを見て、アルペンスキー大会、に限らず、なんか、人ってぜつみょうななりたちっておもった。
家から持ってきてる色鉛筆で、行けなかった牛の牧場の絵を描いた。緑色と金色を使った。
朝、支度ととのって、スタンプラリーしてるタワーはどこですか、とフロントの人に聞くと、指をさして、あそこですよ、見えてます。
昨夜は、夜闇で気がつかなかったわ!タワーに招かれてこんな側に泊まったのかも。

行ってみたらオープンは30分後だったため、またホテルに引き返す。横にあった神社さんも気になってたので参拝いたす。階段は、もともと123段あったらしい。年齢と、厄年がしるされていて、寿命の、半分くらい来たのかな。わたしは18、19、頃の厄が酷くて、こんな闇があるか、といううらみのような気持ちを抱えつづけているとおもう。そのころの塞がりかたほどの厄は、除けて、除けることを叶え叶え、今日に至る。というかんじか。
その厄の入口にいた時に、ここに旅行で来たので、つい、18才。をなぞってしまう。賽銭箱の真横に鳥がとまっていて、目の前を突っ切った。
唐戸へバスで行き、フェリーで門司港へ渡った。そのままJR乗っちゃう。




唐戸市場へは行かなかった。商店が並んでる中の果物八百屋さんにて八朔をいただく。こちら絶品。今まで食べた中で頂点ってくらい、食べごろだった。
門司港、今日は、マラソン大会。折り返し地点でUターンする選手の人たちに声援をおくる街頭のひとびと。がんばれー。
宗像大社さんへ行きたいのよ、東郷駅へ行き、タクシーに乗った。去年から、一年越しにできたことは、門司港のすてきなスターバックスでコーヒー買いたい。だったりする。

宗像大社さんへ行けてよかった。大島へ行くフェリーに乗る。神社さんだけがある島があるのだとおもっていた。島が近づいて、民家とか暮らしが見えていて、すごい不思議。なんにも知らないままいきなり島に上陸し、勧められるまま電動自転車に乗り、島内めぐりが始まる。ほとんど夢の中の展開だ。











福岡にて、駅弁ちょうたつし、唐津へ移動。ホテル窓から松浦川の夜景が見えてる。すてきー
朝の目覚め。船についてる出窓から明るさが漏れていて、カーテンを開けたら、海の水平線と、朝陽が視界に飛び込んだ。
すてき。
船の中で、わたしのペースで、ものしずかにいちにちをおくる。この時間を、たのしみにしていた。時間に、愛が溢れている。
朝食は、大きなクロワッサン。昼食に、生ビールと冷やし蕎麦。夜は、マグロのアクアパッツァってお料理、デザートに、チョコババロアを選ぶ。いちばんたべたいものを、たべたいぶんりょうを、いただく。船上の暮らしを、4、5日つづけたい。時間足りないっておもう。
お風呂に入ったり、プラネタリウム見たりした。折り紙の折鶴の、折り方を忘れていた。そういうよゆう、折り紙を折ってみることをしないまま、なことに、気がつく。
甲板に出て、後ろ向きに歩いてみてたのも良かった。風が強すぎるから、背もたれになるくらいも、背中を支えられて、おもしろい。
船のたのしみ、ノートに張り紙をしてアルバムを作る。船の前方にあるリビングルームにはソファもあり、延々と、碇の形のマスコット作りをした。出来上がったとき、横に座ってた知らないひとに、見て見てー。いいやつ、出来上がったわー。と話しかけたいほど弾んでいた。同じ空間にいるという調和があるようなかんじ。




夜、小雨の門司港へ到着して、門司駅までバス。JRに乗り換えて下関へ。なんか、昔のまま時間が止まっているまちにおもえた。人の服装のかんじが古いまま。わたしはここに、高校卒業する頃、来ていて、友人と、いきなりBARに入って、ボーイの人達と騒いだとおもう。そのお店がどこだったか、町の雰囲気が昔のままで、店も今もあったりして。
古いの、ちょっといやだったけれど、だんだんあじわいかたがみえてくるというか、こういうふんいきにはまったら、ぬけられないくらいクセになりそう。いきがって半袖のひととか、夜の町に、ひとのおさまりきらないエネルギーが、むだにうずまくかんじというか。
古くて照明の暗い、ビジネスホテルに泊まる。ホテルのフロントのひとの笑顔が優しい。船でお風呂入ったし、お化粧だけ落として寝た。
夜、旅立つ。ここのところ何日も、夢を見て、見たこともない素敵な土地へ行っている。地球の熱が吹き出す土地、温泉とは呼んでなかった、そこへは、石を下って行ける。横長の窓が誂えてあり、手をのばして、美しい地球の産物にさわれる。ブルー色をした水晶が、石柱の群像になっているのを一本手折る。
次の日だったか、とにかく大きな船に乗るために、小さいフェリーでまっすぐに向かっている。そして、あー、チケット忘れてるって夢だった。水飛沫の、白い泡が、どどどっと見えていて、アングルもすてきだった。
夜、旅支度のさいしゅうてきなまとめに入った。どれくらいどんなことしたいか、それを、持ち物であらわす。3時間ちかく、緊張して興奮もしていた。
去年も同じ頃、乗った船が、とても気に入ったのだ。
船着き場のある駅へ。駅からはタクシー。


船に乗り、さっそく赤ワインを注文して一口いただき、大浴場へも行く。空いてていいかんじ。解放的な個室、みたいな窓のそばのスペースをいただいていた。気持ちがうれしいうれしいのれんぞく。
明日は、旅立ちだから、支度をしなければ。持ち物を準備する、というだけではなくて、家のあちらこちらを拭く。棚を拭く。玄関の床を拭く。掃除機の中のゴミを捨てる。
家事を、てっていてきな基本を、禅宗の修行僧のようにやるようになる日が、来たりして。
わたしの今の邪念というか。にわかでしかない、ということを、記憶の中にある出来事に、振っている。なぜに、そのままやり過ごしているっけ、浮き草なのがそのまま。これでよかったっけ、はてな?たぶん、他の人から何が見えているか、そこは、どうでもいい。のだが、それって、存在が消えてるよね、わたし?みたいなことに、はた。と思い至っているというか。心細い。というか。
だいたい、女って括るけど、わたしわたし、という自己中心的なざまをふりまく生き物。偏狭な意識は、若気の至りって丈でもなく、年増になってさらに世間が狭まった枠になっていたりする。
とにかく、隔絶して、わたくしの副業が、現在のにわか稼ぎ先を上回っていけば、その俄を外せばいい。是非、外したい。
わたしに、執着があるひとだったとおもうけど、ご自分が凄いってことを、承認されたいひとが、血の滲むような切実な訴えを、わたしに対して続けてらっしゃった。いいところをみせたいってこと。そのひとは、ずいぶんと足元を踏み外されて、生活保護を受け始めたらしい。それでも、尚、こちらに高飛車な生活態度を示すことをお止めにならなかった。40通くらいも、午後5時間にわたってメールを、こちらに打ち続けてた、もうあれはかなりな事件。
わたしは、その気が狂った人から発信されたメールなどを読まなきゃよかったのだ。むざむざと、書かれていた言葉に傷つき、いちねんくらいこころが灰色になったとおもう。暴力だった。そして、気がついた。この暴力主と似たようなひとばかりをわたしは周りに引き寄せてきた。いつ、そのひとりひとりが豹変してもおかしくない。
実際、誰彼が年増になることとセットで、気狂いかとおもうような、偏狭な変質者に変貌を遂げてゆく印象だ。わたしのことだけがかわいい、というのが、若い内は、なにかしらのオーラがまぶされて、悪目立ちをしなかっただけ。おまえらの醜さは一体なんなのか。
本当に、誰もいなくなった。友人知人の、ほぼすべてが、もともと仮面だったのだ。
晴れて自由が開ける。
それにしても、ゾンビだらけでなんなの。