TORABARA きさらぎ1日

読んでいる本の影響は、常時わたしに有るとおもう。天界と地界、は船井幸雄氏のコトバで、身内とか血のつながりを地界と連呼して、数日前使ってた。現在の読書は、精神科医のひとと、料理家の共著で、自分のために料理が作れない人、について病理みたいな焦点をあてて書かれた本を読んでいる。病理。のつもりは無いだろうけれど。

わたしは、子供の頃、料理を仕込まれた。ひとりで家族分のハンバーグを作りなさい。それとお節の当番、きんとん&田作り。料理を考えつづけている部屋が、あたまの中に有る気がする。今も。

わたしは家庭料理、をせっせと作ることには向いていないとおもう。むらっけ、といおうか芸術的な性格をしているから。「義務」ではない在り様を模索していて、模索こそがライフワークなのかも。完成に到達するよりは、常に、子供のほうが賢い、ということをどこか意識している。

本に出てくるひとたちの、デフォルトに、ウンザリしている。わたしの場合は、育つ過程での家の料理傾向により、つくられた体の症状が特定できたため、ここからの脱出があった。冷え性、乾燥、粘膜の弱り。

わたしは、飲食業に従事する。という生活の変化があり、食事によって、体の不調を、ダイナミックに克服できる驚きを体験した。ほぼすべての、特に女性は、飢餓の状態です。食べると太る呪縛。

壱。食べて太るのは、体が餓鬼な状態だと気付いて下さい。弍。食べものに対して、禁忌をつくってはいけません。罪悪感を持つことが、あなたに病理をつくる呪いになっています。食べ物が神さま。感謝しかありません。ひとが食べて食べて、初めて生きる。が、デフォルト。

時間が遅い早い、脂が多い少ない、ことに対して罪悪感をかんじる、その脳の理屈で食べるのではなく、体の声を聞く。体がどうかんじているか。にんじんを食べてあなたは軽やかに感じるか、いまのあなたとたべものと相性はどうか。食べ物へは、感謝。おいしい、おいしい。

惣菜の付け足しでほうれん草の胡麻和えを食べる勿れ。どんぶり一杯、食べる。そこから、減らす。ここまでなら食べて美味しい、を知る。

わたしは、ふんだんなオリーブオイル、セロリ、トマト、キャベツ、じゃがいも、鶏肉、のスープを飲み、いったん体がぱんぱんになる症状があり、その時期に栄養が行き渡ったと思われる。栄養満点なスープを薬みたいに飲みつづけていると、ある時、適度なわたしの体の大きさに、しゅっ。と調いました。そして、栄養が体の隅にまで届く。がつづいています。今も。

体質改善のメカニズムを、じっさい自分の体で体験したので、この智慧が伝わるとよい。

今日は、ホテルにて素晴らしい昼食をいただく。上野で美術鑑賞して浅草へ。いつもの天せいろと、笹の川を熱燗でね。蕎麦味噌も。近所の老人と上野で待ち合わせて、だべりつづけていた。

わたしの望みは、収入源を変えたい。意味があまりわからない、私の作業の匿名性が高い、事務に従事していることに、ブルブルっと異和感をかんじる。わたしが素ですごしているときに、へんなかんじ、を自覚する。

TORABARA むつき31日

ヨガへ行かない夜に、服のことをした。早く出来上がりが見たい焦り、があることは、長年の弱点です。そこを克服するのではなく、

長所伸展に徹する。たぶん、手加減が卓越しているとおもうわ、わたし。手だけの感覚で知ってることをする。重たさとか。

朝、紙粘土の細工を始めた。ろうそくホルダー、お店で売られてるのを見て、これ自分で作れそうじゃん、と思った。それを再現するように。紙粘土って捏ねるらしい、40回くらい。手作りの質感を、自分で気に入ったかんじ。乾かしを始めた。

船旅の、プランを考えはじめた日。船着き場、下関。どうするどこ行く?ワクワクがつづく。

TORABARA むつき30日

しごとを終えて、ヘロヘロとした気分のまま、家のひとが美味しいスパゲティを作ってくれた。ピーマンを炒めた、その風味が自然とスパゲティ麺にも香っているところが良かった。

となりのお部屋で、映画を観る。フランスの古い時代の、悪い男が、男の性のまま、奔放に人生を謳歌する、その時間と、女への一途な気持ちが芽生えたことと葛藤する。最後は、フェンシングの決闘をして刺されて、the end。ネタバレですねー!題名は書きません。

好きな丈で、どうするの?今、観てて、動物同士の好き好きって、いったいなにかの為になるっけ。なにか醒めたのか。好き好き、の向こうにナニカアル という燃えるような、ソウル?がかつてはあったとおもう。わたしに。

それが穏やかに、丁寧に暮らしましょ、みたいな帰結をする心情に、いつのまにかなってるっけ、からだのへんかをともなって。あれ?歳を取らないつもりなんだけど、なんかヘンだぞ、というのが観賞の感想です。

TORABARA むつき29日

精進揚げを、作る。ゆり根、セロリの葉、春菊。

こちらを饂飩にのせて、いただく。こういうお食事がいただきたい。

しごとが終わってから、吉祥寺へ行く。ヨガ。その前に、何か食べておこう、コーヒー屋さんでサンドイッチ。かぶりつく時、席をはなれて向かいの席の人が、まじまじと見てるかんじ。美味しそうに、がぶっ。とかじるショーみたいだった。べつにわたしを見てなかったかもしれないけど、照明があかあかして、ひとはひとりひとり、逞しく食べて生きてゆくのだ。

ヨガは、地味でした、黒い服着てる人が多かった。狭いし、暗かった。これは行ってみないとわからないこと。それをたしかめられてよかった。ほんとか?無駄足だったかも。

平日の夜の吉祥寺に来たのは、何年ぶりだろう、普段の街のカオ。夜店の灯りに吸い寄せられる。寒い季節は、空気が澄んでいて、ブラブラ歩いてるのは、ちょっと伸びやかでよかった。

TORABARA むつき28日

服のことをする。再び。

先日、ジグザグミシンを操作したときに、全く針が上下に動かなくなってしまっていて、ああ、こわれたのか、とよぎりつづけていて、意を決して、粗大ゴミの申込を入れた。

しかし諦めきれず、ネットの動画を検索したりして、とにかくリールを反対方向にまわす。釜を外す。をやってみて、バラバラになってしまう。それを、なんとか元通りにしようとした何か拍子に

何故か直ってしまった!!!

へ?何をどうやったのか、自分で把握しないまま。良かった、良かった。すぐに、粗大ゴミ申込を取消すレンラクを入れました。

ちゃんと、ミシンと仲良くすること。しょっちゅう、ミシン稼動いたしましょうよ、と思いました。

TORABARA むつき27日

しごと先、帰り道の寄り道、どこにしようかな。海が、今日は闇いかんじがするので、舟に乗るのは止めた。

わたしの気持ちが闇いんだろうとおもう。

バーゲンは最終章だよね、ほとんどいいものが残っていない、ことをわざわざ店を回って確かめてたようなもの。

スーパーマーケットで、必要な食材を、ちゃんと選ぶ。なにかを打破するまえぶれみたいな、じいっとした時間だった。

TORABARA むつき26日

昨日は、ヨガへ行く、を経由して、お洋服を買いに行く。お洋服モールへ到着した頃には日が暮れていた。あっという間に閉店。3時間じゃ足りないなんて。一巡してから買っていってる途中で引き上げた。

それで今日は、また一路、お洋服モールへ。地界(と名付けることにした)を棄てたつもりが断末魔の叫びみたいに、蘇ってきて、キゲンを直してゆくというか、そのヘドロな念を、だらだら過ごすことで、治療してゆくのだ。

自分を、けっこう甘やかすことが出来た。あれもこれも、幸運にも、お買い得でした。

映画館へ。文化事業へ、なるべく投票(お金を遣う先を決める。これは投票だとおもう)することにしている。映画会員を、何年もつづけていて、今月は更新月なのでした。

ついでに北欧の、ゆっくりした作品を観賞した。全く、私とは感性が違う作品で、国民性が異なるからか、寝そうなのを起きてるのがやっとだった。いったい何を見たんだろう、物事への意味の付け方で、共感が少ない。消化不良な余韻だ。このことを考えつづける、ことも、ゆくゆくなにか、わたしの感性をひろげるのかもよ、

とにかく、色々、映画見てみたい。

帰宅して、家のひとと仲直りした。

TORABARA むつき25日

ここ一週間は、ほんとうに参ってしまいました。それで長く寝てた。

わたしの気持ちは、結婚をやめたい。それを家の人に言ってる。3月で、仕事か結婚を、やめたい。どちらもやめたりして。

家について考えるうつわ、が飽和状態になったとおもう。もう、家に関わり合うのは、止めたい。わたしは樹木葬をされたい。家にまつわる、何も、欲しいものは無いです。他人のほうが愛情をいだきやすい。血の話をしない関係性の中にだけ、居たい。

天の理、地の理、がある。わたしは地の理だけで引き摺る風習がある土地にうまれ、地の理しか知らない両親の元で育った。幼いまま、ひとりで新天地に来て、こんなに羽が伸ばせることを知る。これからも知ってゆく。

とうぜん、天の理だけがわたしの世界なのだ。わたしひとりの時、わたしはとっておきな存在である自分をあじわっているとおもう。

わたしは、旦那の選び方を間違えた。結婚生活をしてみないとわからなかった。仕方がない。旦那の生活内容は、予め、判断できたきもするけど、常に自分の親、妹の存在に触りつづけるのは、耐えられない。優先順位が、筆頭が母、なところも。わたしは、旦那の母ともけっこんしてんのか?というくらいです。

体を動かして、生活しない。椅子に座りっぱなしで、基本、口先で指示を与える性質。ここも、わたしは、指示には従う気がないことを都度、告げる。自分でやれよ、私がやってる作業の邪魔になるのはやめろ。あと、自己本位な点。溜め息と苛立ちをあけすけに撒き散らす。部屋の内で。

りこんしたい。他人とルームシェアしているほうがマシ。ルームメイトであり、恋人に近いような、愛のある相手と、住みたい。そのひとと、調和のある時間もすごせる。自分の親をふたりの暮らしに持ち込まないひとと、家族になりたい。理想が似てるひと。

わたしがかつて、一緒に暮らした男は、親に対する距離感が似ていた。男親を家に一度だけ呼んで、わたしがスパゲティをふるまった。それを、焼きうどん?と間違えた。エピソードがその一つしかないことで十分だった。親を交えないで済む、二人世界。これが世界のすべてでよくない?二人がとても好き同士で、ほかのなにものも介在していない。好き好き、で、おままごとみたいだった。好きすぎて生活にはならなかったか。

天の理。について。結び付ける、統合して拡大するエネルギー。単純、万能、公開、自由、効率、ポジティブ、安心、安定、平和、互助協力、自他同然、長所伸展、公平、自己責任、という方向です。秩序維持、生成発展、波動、必要、必然、ベスト。というルールです。

無限なる創造主の光と愛の存在。

田舎にある価値観の根底は、怖れかもしれないね、

自分に対する否定的な心を捨てるのよ、自分自身ではなく、自分をおじけづかせる原因をつくった人たちを否定するの。byココシャネル

ほら、ごらん。田舎のひとたちを否定するの。そのひとたちのことを考えてる時間は無駄よ。