TORABARA しもつき25日

国立博物館で現代美術を見る日。横尾忠則展、寒山拾得。

トリックスターの必要は、とても興味深いテーマだ。日付け入りで、日記みたいに大判の絵が仕上がっていく。万華鏡にたちあらわれてうつろいゆく景色、描けることの、描きつづけてきたことの、80代の境地。宇宙から、インスピレーションを受け取る基地のようなひと。

異界があらわれる。画面の真ん中に、緑色した四角。ここから向こう側の、別次元の世界が、ぱっくり口を開けている。彼岸は同時に此岸にもある、あやうさは、すぐ目の前の、あなたのいるお部屋の中にもあるのですよ。

服。建築。デザイン。画家。彫刻。

ヒエラルキーがあって、より高みを極めていることで、服なんて、デザインなんてね、りょうができてしまうらしい、かつて、野球のユニフォームのデザインをされてた。それを見たとき、負けるよね、服の人。って感想。同時に、雑な筆跡の画家の絵は、何枚も好きじゃないという感想。

自由過ぎるえがかれかた、の空間に身を置くことでトリップしそうだった。トリップしちゃうことが狙いであるらしいので見事。です。

浅草に移動して、天丼。えび2、かき揚げ。ミニビールも。

協力し合うことでお店が立ち上がったとしても、せめぎ合うのだとおもう。独善的な美しい、世にも不思議な空間を出現させる。世界中のひとが幸せな異体験をする。空間を肌でかんじることはしあわせだと知る。お店のイメージをふくらませる。

TORABARA しもつき24日

地味なことで一喜しているだけな、ケな日。ハレは、休日とか旅行へ行く日におあずけ。

しごとは、定時で終わる。しごと。にたいして客観的でありつづけることの巧妙。パッと手放してしまえる。週末よ

家族の人が取り組んでいることの不穏な気配、断末魔みたいな溜息が、何度もあった。ヤケクソな気がしてくるのはこちらで、赤ワインをぐびぐび飲まずにはいられない。しばらく、別室で毛糸編みをしてみるけど、わたしが何かをすることが無為にしかおもえない。家を覆ってしまう気怠さ。遮断するには。外出かな。この夜が、わたしにとってもかけがえない貴重な一夜だということ。

見返りがあること、技術の向上にむかうときの苦しみがあって、この苦しみは撒き散らされることが同居人にとって当然だとは、同居人の側はおもわない。歩調を合わせる営みが私の方にあるとすると、苦しんで手に入れる向上?なんだろうね、考えてみよう。

TORABARA しもつき23日

旅行の二日め。湖を一周しながら美術館をまわろう。

紅葉した山肌に、ぐるりと囲まれていて、その向こうに、雪姿のアルプスが見えている。それと、湖の上空の雲が、刻一刻と形を変えてゆく。天使がおよいでるみたい。なにかになぞらえたくなる眺め。

お天気

徒歩で一周したかった。12キロメートルまわったところで、バスに乗りました。途中に寄った美術館でも歩き回りましたので、30500歩。

北澤美術館は、2階の日本画を愉しみました。エミールガレは、万国博覧会を2度制したって。

ハーモ美術館は、アカデミックな教育を受けていない美術家の呼びかた、アウトサイダー、を集めてあった。ルソーもアンドレポーシャンも、ポンポワも、たっぷり見れてよかった。作品は良かったのだけど、スタッフは、教育を受けた方がいいですね、無駄なおしゃべり、しかも愚痴をカウンター内で続けるスタッフの男二人、この醜さは、地方ならではな気がする。ゆいいつ、ざんねんだったので、ここに書いた。

ガラスの里は、とても素敵だった。お土産の揃いかたが、よりどりみどりに楽しくて、お買い物するといいです。熱々のフォンダンチョコが、美味しかった。歩いたことのご褒美だね。

マイセンのお皿だわよ

この旅は、なんだかすごく、新しい世界に突入したというカンカク。もよりの駅に帰還して、旅に感銘があったと、なみだぐむ。外にいると、わたしはなんて祝福されているかを、肌がかんじている。なんか、すごい。

愛しの、ルネ・ラリック

TORABARA しもつき22日

思い切って、朝一番のバスを予約してる。最寄り駅で、電車に2分遅れると思ったら、電車が3分遅れてくれてちょうど乗れた。

中央道、進行方向の左斜め前に、なんと大きな冠雪の富士山!こんなにくっきりとお出ましとは。快晴、ふしぎなくらい、いい時間が、ふだんのデスクを離れたところに有るらしいと知ったわ。

諏訪大社さん四社を、お参り、できてしまう。2時間に1本とか、1日に2本だけのバスが、ほいほいと、ちょうどよく、来たのだ。公共交通機関だけを使って、ほとんど奇跡なのだ。

手前のがま口お財布は、記念品で頂ける。

温泉に入る。蟹を食べる。そして小さいお部屋に泊まった。

TORABARA しもつき21日

合間をみて、掃除。お台所の、各所を拭く。洗剤詰め替えなど。

あした、旅行に行くって日の前日は、荷造りをしながら靴下置き場の整頓を始めたり、化粧品まわりの容器を磨いたり。ととのいますな。

とにかく焦点があした、なのだ。その前の旅行から、その次の旅行、これが句読点になって、なにがひつようか。改まる。

TORABARA しもつき20日

どうしても、先週の、ランチ高額すぎた1,650円ことの後悔があり、無駄使いの流れがあったため、今日から改める。青空と海を見ながら、サンドイッチ食べましょ。370円。

サンドイッチ♪

夜の美術館へ行く日。戦後の復興があまりにも急で、先ごろそれを日本人ってスゴイという讃美歌にして、騒いでいた舌の根もかわいていないのに、車輪は両輪で、すっぽり忘れていた負の側面、これを展示でかくにんいたしました。

日本の産業廃棄、にかぎらず、主に捨て方に関する公害。そもそもの需要を煽ることを憑依として表現してあったり、美術家の視点は、摑むよね、かたちを。地球の危機を扱っていながら、美しさを出現させているいくつかに、美術たるや、美しくてなんぼだよなと感心した。

人工真珠と、オイル採掘について。水色のかべに、白い大きなバルーンをうかべてあった。怨みごとを延々、音にして注いでいる、この言語は情を持たない飾りのような、主体が人間ではなく事象なのだすべて。とでも言いたげ。悪を決めないでざんげしないで、これがわたしたちだといっている。作家:Monira Al Qadiri

かいしゃくをなんとするか、じっくり考えることの種をいただくような、エコロジー展です。

ライトアップうるわしい。@六本木

TORABARA しもつき19日

家のことをして、洗濯とか、植木まわりの冬支度、お風呂に入って、昼過ぎに、

先日、衝動買いしたのは、高級の仕上げパウダーで魔法よってうたわれてるやつよ、はたいた。肌の肌理が格段に良くなった。

寄ったのは、ファッションビルのドリンクコーナー。タピオカのブラックティーを飲むのだ。そして、電車で向かうのは、ファッションの楽しさに尽力された天才の展覧会。わたしがいいとおもう視点から、この展示を編集してすばらしい図録をつくりたいよ、見せるのはそこじゃない、省くのはそれじゃない。という図録だったため残念。

夜の横浜、お外を歩きたかったわ、

日本に、たった一人で、ご自身のインスピレーションを打ち出して、そのままが、今にもつづいている、こういう文化の礎になってる。乙女のあるべき姿の、あかぬけかたというか、明るい光。やっと時代が追いついてきた。水瓶座的なことを提唱されていたようなかんじ。中沢淳一さん。

水瓶座的とは。雰囲気で、記します、つまり、風の時代。湿った道徳観念に縛られて、あれもこれも駄目だと見張り合う時代は終わり、かろやかなわたしを表現する、自分軸で創造性があることを指しました。

きくきれい。

TORABARA しもつき18日

10センチくらいのヒールの、編み上げブーツを穿いた日。何年かぶり。ずっとつま先で歩いている感じよ、お洒落ね。そして美術館を出たところでギブアップ、手を挙げてタクシー拾った。

今日は、府中へお出かけ。酉の市で昨年授かった熊手をお返ししたい。ちゅうバスに乗って、美術は、インド宮廷の細密画を見ましたの。

なにもかも、ままならない頃に、自分がどこにいてもしっくりこなくて、その時代のわたしは府中へも来た。ネオンと、堂々としたショッピングビル。何を見ても背のびした世界、煌びやかで何も買えない、棚を、みて、いいなと見てる丈。そのわたしが今も街のどこかを歩いているような、たまらなく優しい気持ちを、昔のどうにもなっていないわたしに抱く。ノスタルジーな気持ち。

ココア。ホイップ付けてね。