TORABARA しわす3日

出社。しごとが出来るひとに、特有の、エキセントリックなかんじを、観察した。なにか突拍子もなく、陽気すぎる調子で、こちらに話をする。かといって、全く、ベタベタしない。爛爛とした瞳。こちらに伝染していて、陽気な気分だった。

お昼は、しゃぶしゃぶのランチ。豪勢な、四角い竹の折に、肉。野菜の折もある。これを海の香りの出汁で、火を通していただく。とかいっても、肉と、ごそっと野菜、という2しゅるい。細かく味わってなくて、ミックスされた味が、美味しいねー。という膳です。卵溶いて、〆の雑炊。ニンニクを効かせた。ゴマだれも試す。

そこでのお食事を味わえるかは、店のひとに寄るところも大きい。ザザザッと仕分けて片付ける、突進型の店員さんは、出来る人と言われてるかもしれないけど、お食事をたのしむときの、情緒的な気分は、テキパキさんが視界に入るとせわしくて、ダメ。今日は、新入りの男のスタッフさんがいて、おっとり。ちょっとした、食べ物への気づかいに、気品すらあって、よかった。しかしバイト的にはトロイとか、言われそう。

臨海の夜景を楽しんで、温かい阿里山ウーロン茶に、モチモチしたやつ追加してもらったのを飲む。

サンタさんの季節

寄り道、という色の名前が付いてるマニキュアを、サッと試し塗りして、親指。をたびたび見て、ホログラムの具合とか、秋から冬への華やぎの季節に、合いそうだわね。よいかも。らららら。

お土産は、チーズ。選んで、帰宅。

TORABARA しわす2日

おそろしいほど体調が良い。腸が、とくにかろやかで快い。もう2秒に1回、体、良いね、良くない?という具合でした。丁寧な食べ方をする。自分の体に合う食べ物を選び、かなり慎重に、自分が消化してゆく適量を、知ってゆく。ちょうどよかったみたい。

鳥ちゃんが、窓のすぐそばの電線にとまっていて、横姿が見えていて、口ばしを、くの字にして鳴く姿を見た。いままで鳴き声の音だけが聞こえていて、やっと一体になってる、音と姿が見れてよかった。かわいいねー、という愛情を、ガラス越しに、ビームを送った。あんがい、鳥は敏感に、愛情ビームを受け取るかも。

浅草寺の門、真上に月。

このころ、ろくな人物を思い出さない。いっとき習い事したボイストレーニングの、とある先生は、プラスチック容器をつついて、さもしい昼食中だった。生徒が場所代金を払ってる、その公民館で、てめえの飯食ってる姿、見せられてもね。排泄じゃなくてマシだったんだろうか。「プラスチック容器つついて、どんな感性が育つんですか」と、質問すればよかった。声で仕事してるそうだが無名で、プライドだけ高い。

その人の指示通りに声を発して、わたしはノドをいためた。藪め。音に関して、神経をつかうなら、電車が走る真下の部屋を、レッスン会場に選ばないだろ。数え上げたらキリがない腹立たしさ。

そのひとのネットページを見に行く。顔面にコンプレックスを漂わせている。表現者らしからぬ、自信なさげな写真を看板にしていて、なんだ?とおもう。三流くらいなやぶれかぶれな、単に人生が傾いたおじさんだった。お試しレッスン30分、5000円盗られたんだったか。それと公民館代金330円。レッスンではなく、これからレッスン受けていいかを、審査されたらしい。もちろん、こちらにナンクセをつけられた。あんたこそ、願い下げですってば。腫れものに触るかんじだった。

ヒリヒリする丈な場所に、けっこう行ってしまうわたくし。記憶には残る。

TORABARA しわす1日

今年のふり返り。父の異常な神経と直面した。年初から、うっすらと兆候があり、年の半ばで決定的になる。忌まわしい虫と区別がつかないような生命力、忌まわしい虫への嫌悪感と似た、潰しておけ。という処置が相応しい。まさか、ここまで、手がつけられない倒錯だとは思わなかった。

小鳥は歌を忘れ。

インパクトが強い出来事へ、何通か手紙をやりとりしましたが、今は、けっこう忘れてきている。吐き棄てるくだらないことどもにつきあっていたら人生が暮れていきました。父が敷いたレールは何か。なにをしにこの世に生命を受けてきたひとか、父を見て母を見て、このひとたちを肯定、出来なかったりして。わたしと対峙する、かれらの存在は、わたしの苦行、業?を敷く。わたしは罰を得たくて、かれらのもとに生まれたか。

その学びが終わった。とっくに、終えていたから、ますます他人にしかおもえなくなってゆく。存在は薄まり、交わりようがない。低波動と周波数が合わない。情って、消える。ふくすいぼんにかえらずとは、このこと。

個人的な領域を侵害した父。モラルは問わせていただく。どういう刑の種類があるか知らないけれど、なんか父の思想の癖は、人としてアウト。

物理的に隔絶する。血がどうのこうのいって、関係をとりもどそうとしなくていいとおもう。

なんともおもわなかったから、公に、身内の病気を描写して、その容態を形容して、あんなみにくさはじぶんのこどもに「非ず」という文字をつかった。それが最後で、わたしは父を遮断した。そのように書くことを、なんともおもわなかった、というマヒ。

ゆるされる日は、こない。わらいかたをわすれた。物事を見てあじわう基盤を、剥がされたような、父のペンによる暴力だった。

TORABARA しもつき30日

ヨガへは、1年間通おうとおもっていた、その縛りから解放される日。最終クラスは、スクリーンで放映されるのを真似るやつ。月4回を、パーフェクトに通いましたね。よしよし。であり、やれやれ。だった。節目を記念して、以前、イマイチな習い事をしていた地、笹塚へ行きたくなった。それでチャリで行ったのだけど、

一体、行ってどうなるか、全くの無駄足だった。わたしは昔、この町に住んでいたのだが、駅まわりの商店が様変わりしていく。なんでもない日常の中、リビングルームみたいに通ったドトールは、同じ系列の、気取ってる方のコーヒー屋になってるのか。そこの接客してたコが、十字架を顔に描くようなメイクしそうな、赤いシャドウ塗ってコスプレしそうな、なんか生意気なふんいきで、正直気分悪い。ここで過ごすフィーリングを害してしまった。二度と行かない。

椅子の横にコの字型の机があって、通路狭くて、そこを通った女の髪が、わたしのホットココアカップの中に落ちた。嫌ー、な場所は、こういういやなことが起こる。と、メモした。

友人は、とっくにいない。というか、いったいわたしをなんだとおもっているか、ウンザリしてきた歴史。「あんたなんてこんなもの」と言っておくことを親しみだと勘違いしているひとは多い。全く、なにもおもしろくない。特に年老いて、体が腐りはじめるのか、腐った感性になってゆくひとが多い。その、「腐り方」を、取り出して、観察しているような物思いを、最近している。

自称占い師、という要はおばはん。が、お金盗っといて、こちらを値踏みして形容詞並べただけ、みたいな占い結果を言ってきた件は、酷かった。その後も、知り合いであることが続いたのだが、こっちをなんだとおもってなにを言ったんだよてめえ。という気持ちを、わたしが含みつづけていた。知らない人に戻して下さいと念じる。そのひとの価値観で、こちらを照らした結果をやすやす口にしてゆく、おばはん属。思想活動には階層がある、位相?ともかく、価値観の本体が低迷してて闇いひと。

長年知り合いだった人も、思うようにならない出来事が重なったことで、取り返しがつかないほど、性格を拗らせてた。礼儀を、わざと壊したような横柄な口をきいていて、彼女は全く、親しみ、に着地しようとすらしていなくて、ただれた精神、ただ本音をそのまま吐いてるだけ。相手の生活力に劣性があるか、を覗き見して確かめている、という腐り方だった。ごめんだわね、お付き合いしていらないよね。

島にいた人は、判断能力が乏しかったのだ。わたしは、傘を落として、翌日傘が無い。それでホテルで傘を調達したい、ホテル売店は、目の前に傘がぶら下げてあるのに、わたしに渡すことを固辞した。これはお客さんの忘れ物なので、渡せません。それをわたすとしぬのか。サービスするひとのかたくなさなんなの。

ひととのきょりをとる。わたしが取り出すサンプルから、つまりは、きょり。について学びがあるとおもっている。

山茶花が、出迎える。わたくしのおうちの前。

TORABARA しもつき29日

朝、予約入れてたヨガをキャンセルして、家のことをしていた。庭に、ブルーベリーと無花果を植えました。プランターに植えているチューリップ球根に水やり。庭に、しばらくしゃがんでいたら、ぷわんぷわん、と柑橘系の香り。柚子の木が、芳香を放っているのだわ、虫か鳥か、寄ってきてほしいから。だれを待ってるのかしらー。健気に、香る。

実りました

柚子を収穫して、近所老人に差し上げた。

神社さんへ行くと、結婚の儀式ですって、この高さでカメラのレンズを覗いていました。赤い日傘が、すいすいと移動いたします。

わたしは、いつも忘れ物をしている気がする。ハンドタオルとか、口紅とか、メガネ。忘れた都度、買ってゆこうか。今日は、口紅。またかよ、と内心おもった。コンビニで間に合わせを買いかけて、原宿駅前の、かなりチャーミングな大型化粧店へ入ってみた。ここに来てるコが、すてきに顔を装っていて、ちゃんとした身だしなみは、素敵素敵。とおもったけど

定まらず買わず。家帰ったら、口紅あるしね。それで結局、コンビニで色付きリップ買う。というか、化粧の店に随所に鏡があって、自分の顔を見ることになるのだが、口紅だけあればいいってもんじゃなくない?全体的な、肌のそばかすはかくさないっけ、など、きりなくなる。

写真で一枚映りましたーみたいなペラっとした像だけがわたしの実体ではなく、何をどのように話すか。知り合いとの対話に、リップが赤かろうが関係なくない?みたいにおもった。

上野。紅茶とお抹茶を調達して、国立博物館の年間パスポートを、本日より再開。なんでも、工事してるそうで、企画展は、当面無いそうで、ただ常設展に入れる、という会員になりました。

近所老人と落ち合い、浅草へバスで行く。いつもの蕎麦屋さん。熱燗は、ふんぱつして八海山にした。わたしに、八海山の味わいは、限りなく水そのものにおもえる。異和が無いと申しますか。一体感?

コーヒー屋さんへ移動して、ケーキご馳走した。来週の展望を話した。数日前は鷲神社さんへ、時間差で行ってて、同じような風景を撮ってた。そんな気は、してたんだよね。そんなにおどろかない。

TORABARA しもつき28日

金曜日ね。しごと終わってから、半身浴しつつ、風呂のフタの上に、タオルを置いて、毛糸を編む。模様編みの、二回めくらいから、ものすごく汗をかくので、そこまでで、毛糸編みセットは、外へ。この発汗が、すなわち毒出しで、透き通る体ってかんじ。

お部屋は週末用に、机の上のモニターを片付けた。いやしかし、ふんだんに書籍とかチラシが積み上がっていて、あたまのなかが散らかったまま。

夜はスパゲティミートソース。赤ワインをたっぷり楽しんだ。チーズとナッツをつまんだ。

TORABARA しもつき27日

今日は、淡々とシゴトして、夜時間に、気持ちを奮って、となり駅へ向かう。行くまでが、家に篭っていたい、このままぬくぬくとしてましょ、というムードですが、外へ出かけてみると、なんて良かった。夜風は爽快で、気分がさっぱりとして、町は煌めいている。ららららー、という気分。

シップ貼って治してる、部位に、自然療法をほどこそうかしら、と朝から本開いて確かめてた。里芋をすりおろして、一割の分量の生姜混ぜる。小麦粉、扱いやすくする硬さまで混ぜる。ガーゼに伸ばして、患部に貼りましょう。

昔昔尻尾が生えていた辺りに、昔、尾骶骨を地面に打ちつけた時に、この方法で治したのであった。スーパーで里芋を物色していて、400円。なんか、まあ、里芋だったらお料理して食べたいよ。貰いもののシップあるから、このままシップ貼って治しましょっと。

逍遥とは逡巡している時間ですな。

TORABARA しもつき26日

出社して、どうにも、人がいると、遠慮している。部屋の温度が低いって時に、動物園のゴリラがしてたみたいな四角い毛布をあたまからかぶるみたいな格好。を、常備してる四角いブランケットで真似できるのだけど、ためらう。なにか言われるのがイヤだって時、ツッコミどころを作らない。ことを徹底しているわたくし。

それで寒いまま、昨日の腰捻りが痛いまま、苦痛、なのだった。顔は平然としていて、というか、マスクで顔、隠してたけど。こういう時間がストレスを生み、未消化な感情を体の底に押し込んでしまうのかも、という観察。

なにげに、調子悪くなりそうな予兆をかかえつつ、退社して、大型電気店に寄り道。写真現像。てきぱき帰宅し、

熱い紅茶に生姜すりおろして入れて、レモン搾る。蜂蜜たっぷり、カップの底に溜めてるところへ、勢いよく、ポットの紅茶を、茶漉しをとおして注ぐ。これ、効いたねー、ケロリ、不調が治った。

朝のことだけど、地下鉄乗り換えの時に、地上に出る方へすすむ。ほぼ、人がいない。道路はさんだ大きな公園から、朝の生まれたての空気が、こっちの空間全体も浄化している、陽気を浴びる。キラキラした木が、エスカレーターを昇ってるときにガラス越しに見えて、その一瞥が、とっておきな瞬間だった。