TORABARA ふみづき10日

ハートの形したパレットに、シャンパンベージュのアイシャドウでラメも入っているやつ、の濃淡な2色。こちらを、すこし巾広の刷毛にて、まぶたにのせまして。濃厚なグリン、黒光りで弱くラメっているラインを、目の際にひきますの。

定番で、お気に入り。

夜は、桔梗の折り紙を折ってみましょう。

TORABARA ふみづき9日

昨日は一昨日に比べて、ぐっと気温が低くて過ごしやすかった。それで、やるべきことが捗った。今日は、まさかの燃え尽き。なんにもしていない。昼寝して、カレー食べた。ネットで家族の誕生日プレゼントを延々と、水着。が欲しいらしいのを、浪々と、えらんでいたら夕方になった。わたし用のワンピースも、買っちゃいましょ。

なんだったっけ、昨日、大志を抱いたこと。

図書館に予約の本が届いたと、メールが届いた。家から左にずっと行った所。家から右にずっと行ったほうに届いていた。間違えた。

朝の清々しさは格別。これは一昨日の写真。

TORABARA ふみづき8日

大局的なことをながめてみよう。という日。

さかのぼって2か月は、美術館や博物館へ、積極的に出かけた。その日の思い出がしっかり刻まれる行動は、わたしに残るので、ほぼ満足です。

アガパンサス。

料理して、片付けした。押入れの中。換気扇、やっと洗った。なにが要らなくて、何を整えたらよいか、ぐらんっと見えたかんじ。読み終えた文庫本を図書館に差し上げた。お役立て下さい。と、ちゃんと発言した。ちゃんと、言うことを言う。やることをやる。

呼び水になるかわからないけど、お店やりたいなら、お店で使う道具をすでに揃え始めること。クッキー焼くこと。ひとり用に作る量の、3回分くらいのレシピ、試すといいね。

風が強い。窓を網戸にして開けていて、わたしがその場所にいない時はなんでもないのに、わたしがその窓辺で過ごす、ほんの束の間に、風で目の前のなにかが吹っ飛ぶ。スタンドランプが倒れ、植木鉢がかたむき、紙は宙にまう。風って人のいるところを目がけて吹くっけ?

育てている朝顔が初の開花した。斑入りのお花です。

TORABARA ふみづき7日

昨日は、朝、半身浴しました。そして夜、9時前に就寝。早っ。

今日は、5時前に起きて、電車に乗って行くほうの、ふんだんに緑がある所へ行きました。倒れた木は、たおしたみたい。もう枯れてて危なかったみたい。もともと木のてっぺんだったところが歩道から手をのばして届いた。ふわっと軽そう柔らかそうな葉っぱ。たおれててくれないと、さわれないところ。貴重だった。

青い蝶々が出迎えてくれました。

見渡せるのは、朝早いとき。

わたしの左側をわたしと同じ歩調で歩く音が聞こえていて、あまりにも同じだから立ち止まってみた。音も止んだ。持ってるバッグの中に入ってるビニール袋の音だったみたい。

野菜を一口大にカットして、フライパンで空炒り2分強火。蓋して2分。油を回しかけて、2分。という野菜の下ごしらえで、とてもおいしくなる。シチュー、カレー、ハッシュドビーフ、によいです。

TORABARA ふみづき6日

蝉の声が聞こえた。今年、初。

ゴムの木の根元に芽吹くこども。

6時間くらい働いて、庭の雑草の花を4種類くらい摘んできてお部屋に飾って、折り紙でモビール作ったりしていたころが、ちょうどよかった。雑念がしずまり、瞑想するような暮らしだったので。

ひととのお付き合いは、やり直しだと思っている。下手な近寄らせ方をしてしまったために、低級な発言を浴びたのかもしれない。キレイ。もだめ、ヤセタ?も、だめ。

たまにしか会わないひとが、毎度しょっぱなにヤセタ?と聞いてくるのを、急に疑問におもった。ようするにこちらを元々、うすらデブだと思っているのか。上から下に発言することがひんぱつして、わたしはこの人からはなれた。

何を見た時に、何を思うか。その感性が嫌いになってしまったら、もう、どうか、なにをみてなにをかんじたか、わたしにきかせるのはやめてください。と思う。

すくいがないのはその、みすぼらしいかんせいでこの先も生きていかなくてはいけない、その人。臭い狭い沼。みたいな感性の人。

TORABARA ふみづき5日

木と同じような生命体のひとというのがいる。植物が水や光を吸収して葉や花にかえるように、花を咲かせつづけるひとには、新たな考えや経験を、処理しつづける必要がある。成長しつづけているから。

と、本に書いてあった。わたしの見解を加えると、ひとの養分って、何がその人にとって養分になるか、まるっきり違う。そのひとの中心的な養分のとりかたを見て、もう付き合えなくなることが、何度かあった。

人をやたら揶揄してくる人にとって、揶揄、することもされることも養分だったりする。だから揶揄することが親しみを伝えることだと思うらしい。これを、わたしは受け付けない。

三面記事ばかりが養分。噂話が養分。枯れる腐る。こういう輩に限って、やたらふひつようなことに巻き込む傾向があるとおもう。こころがきちゃないひとってだいたい群れてる。あなたの人生に出没したら、門前払いをするのですよ、せってんが生じませんように。

ずいぶん、美しい景色に、舵を取っている。

TORABARA ふみづき4日

家のことが、次々とあるから、しごとしてるばあいじゃない。

しごとじかんがおわって、しごととわたしがしっくりきていたときの、こうこつかんと比べてみた。というよりも、しごとがじゅんすいなものだけをさすなら、しばらく、しごとではないものをしごととよんでいる。

しごとがおわってから、スーパーへ行ってヨーグルトを買う。2キロ、氷を買う。自動販売機で毎日新聞を買う。ほしいものと、わたくしは、しっくりきている。

虎まき、おからクッキ、ミモレット、アイルランドチェダー、マルキドシャス赤、夏の花。

TORABARA ふみづき3日

毘沙門天さまが御出現された記念に、百味のお供えをしています。お酒を。寅の祭りは、本日です。時間の方からわたしに味方してくるかんじを、いくつか察したような。お祭りはわたしのことも含んでいたのだろうか。

あらたまった時間があった。あたまでえがくタイミングが、出現するかんじ。時間が「有る」ことの感覚が、子供の頃の時間のかんじは、こんなふうだったことが、甦っていた。大人は常に家具(なにかしらの荷物)を体にくくり付けて不自由にして、身動きがとれていないのに、移動しつづけているようなもの。ミウゴキガトレナイママ、ケワシイカオツキデ、イツモイソイデ、ドコカヘイコウトシテイル。どこへ?

信心というコトバは異なかんじだ。文化的な興味があって心を寄せている。ここにふれて、ひろいこころになることを、寅からの思し召しだとおもう。文化は目に見えるなにかだけではなく、摩訶不思議な神話そのもの。絵巻にものこっている通りです。

撮影したの、5/25が最後になった。