TORABARA ながつき25日

演奏会へ行く日。

しごと場所の、向かいのビルにて。大きなガラスの窓。橋がいい感じに見えてた。

ベルリンでの演奏家生活を終えて、日本に引き揚げてきた、という頃に、お食事会をご一緒している。トントンと、発展があった。大学の先生に職を得て、今夜は優雅で素敵な演奏会を開催されました。

今日わたしがここに来ることが、なんでもないこと。演奏をするひとたちにとっても、ここに来るためにシゴトを切り上げる、そのシゴト場にとっても、行こうが行くまいが、勝手にどうぞってことを言ってる。

わたしが、柱に、何かやってきたというのがなくて、世間の片隅にいる。今日配られてたチラシ、ドイツ語の歌詞の対訳で知る限りは、苦労したり辛い処遇だけれども生きる。みたいなうたが多かった。

縄文杉へ行ったことで、体が明らかに活性化した。

自分の体にある、忘れていたリズムが、目覚めそうになる出来事が連なってゆく。

TORABARA ながつき24日

なんか、業務ぎっしりあって、息をつく間もない。夜、20時を超えた。近ごろの、グダっとなる症状って、作業のくたびれか。赤ワイン飲んで、美味しいチーズ3種類をつまむ。

酔っ払って寝た。

縄文杉は、3000年以上も、育ちつづけている。生き物にとって、奇跡的な空気とか水とか、ほとんど魔法みたいな土地の力があるのだろう。そして、その精霊の気配を、わたしは浴びた。わたしの生命力と、呼応して、わたしに兆す、体の変化。生き物として、まともになる。まともとはなにか、体が丸ごと、森林浴をしたことで、細胞のすべてが、魔法みたいな空気で、洗われた。

足や手の指に異和感が起こったのは、体全体の根本的な治癒に必要だったか。

神秘なことは、おそらく科学的解明は追いついてなくて、神話みたいな物語の中にある。わたしの顕在化している意識も、言語もくだらなくて、

家のすぐ外を飛び交う野鳥の声が、シンパシーを持って、わたしじしんの深い霊性に、直に、必要な音を配ってくるかんじ。

TORABARA ながつき23日

朝10時、美容院を予約していて、支度は、よゆうだったけど、けっか、ギリギリになる。その日、着てる服に合うような髪型になるので、何を着て行くか、けっこう要になる。新品の、青や緑が縦模様で縞々な服を着た。

灰色の靴下を履いてたのがゴムが伸びていて、美容院のエレベーター乗るとき、脱いでしまう。素足だと、へんなバランス。美容師がじろじろ見てた。

丁寧に仕上げてもらう。直行して靴下屋へ。ペパーミントグリンを選ぶ。ぐっと、組み合わせが洒落たわ。今日は、高い展望台に登りたい気分だったのだが、眼鏡を忘れている。いっそ、出先で作ろうかしら、Zoffでしばしためす。サングラスを度付きにできるかな。

わたしって遊び人で、ちゃらちゃらしてゆくのか、なんか、ためらった。展望台は改めて行くか。お昼ごはん、いつも行く、神社さんのテラスにて、海老天の冷やし蕎麦。生ビール。

駅そばにて、百合の花を土産に、一旦帰宅、のつもりが、家に帰ってぐったりしていて、昼寝。そのまま夜になった日。

わたしは身内が病気入院手術、みたいな局面で、気を紛らせたいからという理由で、わざわざ他人を付き合わせて食事はしないとおもう。デリカシーの問題だろうか、厄とか穢れを撒き散らす行為に思える。

じっと独り、手術の成功を祈る。みたいな時間にするとおもう。

整形した主婦は、何故に、ここのところが平気だったやら、人との付き合いが得意だ、と思い込みもありそうなひと。先日も書いたけど、人とは付き合わなければいけない呪縛、が、人生の過程の、どこかで持つ人っていらっしゃるよね、呪縛の注入?なんなの?群れになるおばさん、かどおかの別れ道。

整形した主婦は、自分の旦那が自慢らしく、研究者?崇めるみたいな態度をしていて、当然わたしも崇めるべきだといったふうな、高い立場であることを振り撒きたい様子。旦那がパイロットだというおんなと、職場が一緒だったことがあったけど、毎日わざわざ昼食を一緒に食べたがるというか、毎日、旦那の自慢を振り撒きたくてしょうがない。みたいなひとだった。

なんなんだろう、わたしってすごいのよ、わたしのだんなってすごいのよ誇示。ギャラリーを欲しがるおんなが、昔から苦手。

承認欲求を剥き出すのって、生殖器官を剥き出されてるような不快ないんしょうなんだよね。

TORABARA ながつき22日

とにかく仕事を長時間していた日。テレワークなので、洗濯もすすめられるのだけど、それどころではない慌しさで、洗濯を干すのが夕方になってた。

お好み焼きを作った。長芋をすりおろして入れて、おいしく出来上がった。

TORABARA ながつき21日

昨日から、左手の親指を突き指している。寝てる間に捻ったのかな、原因はわからない。生まれてから今まで、突き指を経験したことがないことに、感謝した。動作のなかに、こんなに、左手親指は、働いているなんて気付かなかった。いろいろ不便で端折った。

髪が洗えないー。と、騒いだ。

掃除もしない。外に出て、美味しいベトナム料理をいただき、ビール飲む。本屋、ビルになっているお店で、なんじかんか過ごしてた。装飾的な本を、一冊だけ抱えて、スカイツリーに登ってお茶したらよかった。だらだらした結果、教科書みたいな石の本、木の本、を選ぶ。そののち古本屋で蝶と蛾の本を選ぶ。

博物誌といえば、東京書籍からスミソニアン監修の、すごい本が出ていました。地球博物学大図鑑。重たい本は、机の上に置いて、眺めるのかな、持ち上がらないほどの巨大な本。

お店の雰囲気も好き。

ベトナム料理屋さんへの、リベンジみたいな通いかた。3回め。

ベトナム料理屋さんに、せっかく案内したのに、しゃべっていたら麺が延びた。フォーが。その人、わたしとは親しくないのに、食事するのは初めてなのに、いきなり自分の身内の病気入院みたいな案件に、わたしを付き合わせたといえる。娘さんの手術当日に、気晴らしをするのに、誰かを付き合わせてしまうことが無神経に思える。

食事中に、離席があり、病院と電話がなかなかつながらない事態。結果は、無事に手術が終わったってことらしかったけど、誰?あなたすらよく知らないのに、その娘とかもっと知らんがな。そんな日に巻き込まないで。いよいよ麺は延びきり、食事は不味くなってた。

そこまでして誰かと付き合わなければいけない呪縛を、ひとは抱えているのだろうか、迷惑な絡みをシガラミといいます。面と向かって、なんだか肌が若々しいので尋ねたら、整形手術したそうです、顎に糸入れた。は?ええ?何にどういう重要度があるか、人によって違いますよね、そのひとは、その部分の老化が、気になるらしいのだが、面と向きあうたび、こちらのその部分老化へも厳しい眼差しがあることを瞬で悟る。それは、うざい。

会話内容に、老化防止サプリがどーのこーの、病気にまつわるどーのこーのあって、暇人(主婦)はテレビドラマを見続けてるみたいね、私は、その題名は、聞いたことあるけどさっぱり見たことなくて、途端、共通項を失ったパニックに陥る主婦。デスノートが、その人の経た骨格くらいな位置にあるドラマだったらしい。知らんがな。悪いけど。

それで、いったい何かすきなことがあるのか、いきなり骨格くらいな好きなことは何かを矢継ぎ早にたずねてくる短絡さよ。人がデジタル化してるよね。

わたしは幾度となく歩いている池袋の道路を、わたしが知っているビルに主婦連れて向かうときに、それを信じてないんだか、ご自身のケイタイ画面で道順をくいいるように見て、やたらキョロキョロとした挙動。なんなの、このひとといっしょに歩きたくないんですけど。この日だけは我慢した。置き去りにして帰ればよかったのかも。なんか無理。

いっしょに過ごしてみてわかった。好きなかんじがもしもあれば、おともだちになれたかもしれない。田舎者の主婦の、似非インテリ風、世間知らず。みたいなひとだった。どこが無神経か、なんにも本人は、わかっちゃいない。何年かして、顎の糸が朽ちたりして。そこもホラーだと思う。

TORABARA ながつき20日

週末。めざめて公園へ行き、帰宅。直前まで元気だったのに、家に着いた途端にグダっとなった。つっかけが泥っぽいから洗いましょーっと盛り上がった気持ちだったはずなのにね。

ヨガへ行き、お彼岸の和菓子買って帰宅。昼寝してたら、夕方になった。

近所老人と、デニーズへ行くことにする。近所老人は、輪をかけて不調で、気怠さが伝染してきた。会ったことも失敗。話が転がらなくなっている。金が縛る、みたいな話題だった。

身内、父だけど、時代錯誤も甚だしい田舎の糞親父だった件。彼の思想が、救いようが無いことを、旅先の様々な局面に照らしながら考えていた。人によって、栄養素の摂り方が違う。腐った話しか養分にならないひと。卑猥な話しか養分にならないひと。DNAの繋がりと、たましいは別物だ。

父のまなざしをとおしたしあわせはさぐれないことがはっきりした。あそこまで変人だとおもわなかった。性を面白半分に売り物にしてゆく。身内の病気を、わざわざ白昼に晒し、公然と後ろ指を差した。

父に、公表されるおぼえはない。それを取り繕う文言も、いちいち、物事の捉え方と、ことばの置き方がきちゃなかった。

TORABARA ながつき19日

出社。お菓子をならべて、てあたりしだいつまんで、過ごす。昼に、新しい店、魚がけっこうおいしかった。

ちらし。

仕事先の、そのひとのいうことをきくんでしょつまり、というひとがわたしに配られてきた。というのが、わたしの仕事の歴史。そして、ギョウムガイの、あまりにも知恵が劣っているかんじを、その連綿とした支配者に感じてきている。業務囚人。みたいなひとたち。

わたしに祝福があるりょういきと、結界みたいに境界線があり、今のところは、稼ぎの手段を断つことはないまま、やり過ごしている。しかし、

今回の旅は、桃源郷ではなくて、なにか闇くて縛られたような人を多く見た。土地とか時期とかがあったのかもしれないし、わたし側が、もしかしたら、日常を棄てるみたいな過ごし方した影響がでてしまってるか?

立て直ししたい。いったいどこをどうするか。下着用の洗剤リフィル買って、舟便で日本橋へわたる。

舟の、後ろ窓。

のらりくらりと帰宅。立て直し。だよなーという念でいっぱい。

TORABARA ながつき18日

寝坊をしている。しごとが忙しくて、けっこう遅くまでだった。それに、明日は出社することに急になった。

旅先で、レンタカーを借りない廻りかたは、絶滅寸前におもえる。日常の合理性を離れることが旅。と、人々よ、気づいてほしい。ほんとうは、もっともっと、野趣に富んだ旅をしたい。思いがけないことで満ちてゆきたい。

屋久島の民宿のおやじさん、わたしが特に目障りだと思った屋久杉ツアー、同じ緑色のリュックを配った軍団が、親父さんの倅が営む会社のものだったらしい。持ち物の量まで一律に指定される窮屈。

わたしは、二人連れで登山して、尾瀬の「仏」が付く名前の山。連れは、スポーツ万能みたいなおんなで、そのペースに合わせようとする必死さ、にわたしの精力のすべてを注いだため、山をかんじるということが全く無くて、そりゃ、

学校教育を経てるひとに、誰か他人に足並みを揃えてみせる協調性は備わっているだろうよ。この洗脳を解いて、儘になることこそが、未来を拓く。尾瀬登山以来、さっぱり登山から離れ、揃えた山道具の総てを、一度捨ててる。10年以上が過ぎ、再び、ソロ山行きに活路を見いだしたので、いろいろ行っている。

わたしには、ソロが、合っている。集団行動にまつわる、人目を気にする、という土台が、受け付けない。山のファッションしかり。このブランド着てます、という誇示が、ただのビニールジャンパーだろっ、て形で名前だけ付いてるところが、広告感がすごくて、めちゃくちゃにダサい。と私は思う。