TORABARA ながつき9日

夜、ヨガへ行く。呼吸について学ぶクラス。1分間で吸う吐く吸う、たったの3アクションしただけの、深ーい呼吸をした。寝てたくらいも、リラックスしたのかも。いいクラスを受けて良かった。

帰宅したら、だんなのひとがナポリタン作ってくれた。赤ワインも飲んだ。

TORABARA ながつき8日

出社。また、口紅を忘れる。忘れてると困るものは、全部カイシャに置いとこう。よく忘れるやつ、ハンドタオル、口紅。最低限の帰宅交通費も、置いとくか。500円。

旅行してる時に、イニシャル刺繍をしてようとおもう。レタリングの図案の本を手に取った。しかし、すんでのところでやめておく。もっと無機質に、文字のレタリングがのってる本がよいかも。画材屋さんにあるような気がする。

4か月前に知り合った女のひと。旅先で、2日連続して偶然、会った。1日め、登山する山。2日め、植物園。

こんなご縁あるかしら、と連絡先を交換したのだけれど、東京で会う機会つくってみたら、なんかちがった。日常のしがらみを共有したいわけじゃ無いというか、ただただ薄っい、浅っい付き合いを増やす趣味が私には無くて、

地方に住んでいる場合に、人同士の趣味が合うというのは稀で、なんでもよくて、群れてさえいれば、なんか安心。みたいな地方人種の特殊なノリ?知り合いになったら連絡とり合うもの。と決めてしまっているかんじ?ってあるとおもう。

身内のケガ病気があり、東京に来ています、ということで、気の休まらないような、しかも手術当日に、わたしを付き合わせて食事してますって状況だった。ケガレ時に、そこに人を結ぶような行動はやめてほしかった。しばらく席を離れていて、手術会場すなわち病院と連絡取り合ってる主婦。その間ぼけっと食事会場にいるわたし。

しらない娘の、石が溜まったとかいう写真を見せられながら、わたし、食事がおいしくいただけるわけなかった。大変な時に絡むことでシガラミはできるけれども、シガラまなくていい。という結論に、なる。

病気の話題から、こちらを詮索されて、体の悪いところを吐かせてみる、その人の話題展開も、テストして悪いけど、「無い」。お肌きれい、と褒めたら、まさかの整形手術施術してるひとだった。こちらを整形手術目線で、どこにどういう手術したらいいかアドバイス始めそうで、余計なお世話。こういうひとと、付き合いを持てば、顔を合わせたときに、ビジュアルの老化具合を数えあげられそうだね。そこも、「無い」

旅先で、バスに乗る代わりに、駅まで方向が同じなので乗せていただいた。こんな借りをつくるんじゃなかったか。一度は会って、手作りのポーチお礼にお渡しした。もう精算終わりでいいっすか。

おともだちになることなんて奇跡。かしょかしょを記憶よみがえらせて、なんか嫌だった。という記憶の部屋に、入れてしまう。テレビドラマを私は見ないのだが、まるぺけ(テレビドラマ)をわたしが知らない。からの、急旋回で、趣味項目を箇条書きされるみたいに、一体何が好きか、問いがはじまるかんじ。短絡に、ぬい。(ぬいぐるみ好き)とか、決めつけられる、このかんじも受け付けなかった。

TORABARA ながつき7日

昼前に、神社さんへ行き、旅の抱負を、こころでとなえた。

池袋へ移動して、ランチ。78票の高評価があるベトナム料理店へ入ってみた。ソープの隣、3階。仲間内で盛り上げようとしてる店っぽい。何百票も集まってるほうが、数、信憑性高いね。魚介麺は、パイナップルがハート型にカットしてあったり、トマト味で、美味しかったけれど、まかない食のような、雑なかんじがした。

本屋にて、何時間も物色した。旅のガイドになる本、が本命のお買い物。それ以外の、こういう傾向の本が欲しい、というのも何冊か選ぶ。

買った本とは別の、ピンク色を集めた、みたいな本が欲しかったのかも。買う時に、力みすぎて、欲しいものそのものではなく、お買い物用の買い物をしてしまう。今、練習中だね。ちゃんと、買って良かったっていう本の、買い物が出来るようになりたい。

ブームになっているYouTuberさんが使っているメイク道具を、パッと買う。鼻筋を白くスティックで、柱みたいに白く塗るのだ、楽しい気持ち。

帰宅して、旅の準備もすすめた。

TORABARA ながつき6日

洗濯機横の廊下に、洗剤をこぼしたことをきっかけに床掃除が始まる。ピカピカになる。

洗濯機の排水窓に、汚れが見えてる。ひっぺがして、猛烈掃除。カチッと嵌っている部位を、外す。プラスドライバーで、プロペラを外す。大仕事になった。

さてと。何しようかな。涼やかな風に吹かれて、ちっこいソファに座って、予定を立てた。その日の朝に、予定立てるのが、とてもいい。山に行く、植物園に行く、水族館に行く。どれもいいね。

出発。

神社さんへ行き、甘酒とかけ蕎麦を食べた。ファッションビルへ行き、お買い物チケットを何に使うかを見て歩いた。おリボンの付いてるニット帽にする。キラキラリップも買う。テレビ番組で、終わりに木の切り株のお部屋に入って、つかんだものを貰えるっていうのが、なんてなんてシアワセ。子供のころに、そう思った。夢みたいなことは何度も再現すること。

外が暗くなってる。一体何時間いたのか。駅を移動する。新宿三丁目、エルメスに寄って、色を確かめる。プレシャスパラダイスの青。ミンティアの方が、好みの色だわ。かわいい。

材料屋さんへ。時間かけて、必要なものを揃えた。リュックを作る、注文が入ったので、材料屋さんで脳内でリュック仕上げて行きながら、あれもいる、これもいる、と閃きながら歩く。材料の方に制限がある場合に、それならば作るか、という選択。紐の、色数を見て、え?紐をつくるのか。段取りとか、練ってた。

輸入食材やさん、化粧売り場、などに寄り、帰宅。

行動が、変わってきている。内面のまどろみが多い。いちにちが短い。

お蕎麦と甘酒。テラス席に、週末に座る。

TORABARA ながつき5日

台風が来ていて、しかし風が吹くではなく、まっすぐに落ちる雨音が聞こえている。ときおり、音は強くなる という日でした。

奥歯をかみしめているせいで、顔は、四角くなるとおもう。

父の考え方が、父の限界であることを知れば、諦めがつくのかとおもう。ひとには必要で忘れていることがある。それをいきなり白昼に、あぶりだされた。これは、暴力だった。

わたしが昔、病気をして、その病気の回復のしるし、みたいに、どこか道を徘徊していたらしい。自分自身で、それを覚えているわけではない。

父は、自分の表現の場所に、この光景を持ち出し、黄色い救急車(田舎ではそう呼ぶ)で運ばれるあんけん、それが我が娘、自分は、それに耐えた。といった主旨の詩を発表した。このたび、これは自費出版の本になったのだが、なんじゅうねんも、句会とやらで、内情は、わたしの病気は、とっくに曝露されていたのであろう。

句会という名のシロウトの群れ、に嫌悪を示している。赤裸々な、家族の実態を吐き出し合って、刺激的だとよろこびあっているような、いやらしい集合体。父は、自称歌人でしかない、と父をなじった。長年、父が取り組んでいることを、台無しにする発言になり、申し訳なかったけれども、生半可なシロウトが、歌など詠むから事故になった。

徘徊をした、かどおか、父の描写によって、私自身、そのシーンが脳内をぐるぐる回るのだが、架空か現実か区別できない。わたしにとっは忘却のかなたである。冒頭でも言っているけど、いよいよ回復の兆しがあったから、歩きまわれましたね、これがわたしの解釈になる。けど、父は、恥で隠しておくことを、僕が書いた勇気、くらいにおもったのだろうか。一斉に読者を味方に付けて、黄色い救急車に、後ろ指をさす。

きがふれた娘、自分の娘に非ず、みたいに書かれていた。一度きがふれたいじょうは、きがふれている枠に固定され続ける。この田舎ならではのレッテルの貼り方に、わたしは田舎者(父)の愚かさを見る。

わたしは、父が、どのような立ち位置で書いたのかを、問い合わせた。娘を川向こうのキチガイと位置付けて、僕ちゃんは、こちら側の人間ですよみなさん、と踏み絵をしてみせたんですか。十二分な視座が、シロウトさん(父)には獲得できていない。

娘が徘徊したかどおか、何故、父によって公表されなければいけないのか、その徘徊した姿が娘に非ず、と書く、あけすけに「醜さ」を込めてある。

ネタになるから、わざと書いてみせる。なにしろ読者の大半は、三面記事にコーフンする覗き見を好むひとたちなのだ。その的に、わたしの徘徊を、え?ネタにするか?我が娘をネタにして差し出すという神経は、異常だろ。

どこだろう、本出版の事件は、何層にも、耐えられない嫌な出来事である。

父に向かって、ほほえみかたを忘れる。

TORABARA ながつき4日

昨日の朝は、豪徳寺へ行き、浴衣姿を撮影してもらった。着替えるとき、急いでしまって、ちゃんと裾が揃っていないし、帯から帯飾りが飛び出して垂れ下がり、もう、ぜんぜんアングルを試すことにしかならなかった。

朝、境内は、太陽の輝きと翳りが、とても絵になっていた。

駅に行くより、ここに来るほうが近いのに、やっと来たか。わたしは、ねばならない、ことはどうでもいいことを学び、大事なことが何か。本当は大事なこと。をちゃんと、見据える。

よいふぜい。
朝散歩。

先日、わたしを撮影してくださった通りすがりの方に誘発されて、わたしのだんなのひとが、撮影してくれたはこびでした。

バッグを手に提げるときの、力みを、ゆるめよう。顔の強張りを、なくしてゆく。写真にうつることで自覚出来ることがあって、よかった。

今日は、雨も降った。しごとが終わってから、ワイン飲んでチーズ食べてお休みなさい。という急な床っていうか、食後から横たわるの早っ。て日だった。

TORABARA ながつき3日

父の問題、再び。犬猫の生理じゃあるまいし、自分の娘の発育を、赤裸々に、本に書きやがった一件が、わたしは、いかりがおさまらない。なにか、おもしろいか。

女の商品価値に値段をつけかねない、女という動物への卑下が、みてとれる。これぞ、昭和一桁生まれ(父)の、厄場。やばい。時代錯誤。もう、口がきけない。

時代の空気で、あるいはかつては、当たり前な揶揄だったかしらないけれど、今、これは嗚咽する、嘔吐できるよ、すさまじい嫌悪感が、わたしに巻き起こっています。

人が、どんな神経をしているかを、私から変えることは出来ない。謝罪されようが、弁償されようが、許されない。まずいとおもわなかったから、活字にできた。信じられない。もう、ずっと、頭から離れない。父の思想を直視することが即、穢れに触れることのようにおもう。

時代の落とす翳り。戦争があり、敗戦して、教科書の記述を墨で消した。政治的な主張、が父にあったらしく、わたしからすればいかがわしい活動に勤しんでいたようである。なんちゃらに反対、空港建設に反対、バリケード建設のための署名活動、募金。とか?

そういうの、流行らないっていうか、人としての根底の品位が、特に女への卑下がこびりついた父の頭が、なにをさておき、最低である。いろいろ、要らない主張を展開していることへも嫌悪あるけど、やはり、どん詰まり。ひん曲がった、奇形な神経を軽蔑する。

親が、犯罪者とか痴漢とか、異常者って場合の、立ち直り方を、わたしはなんとか、見つけなければ。心機一転、克服をこころみる。

まだ生きとられましたか、

と、さっき電話で言いかけた。

TORABARA ながつき2日

父は、就職による、いい思いをしたことがほぼ無いとおもう。公務員を辞めて、親戚にお裾分けしてもらった仕事を細々とやる。途中でコピーライターへの憧れが高じて、チラシを作る、という会社に転職。そこも辞め、市民が有志で運営している事務局の事務をした。さぞかし安月給であったとおもう。バイト代程度か。挙句、親戚にお裾分けしてもらっている仕事に出戻りした。晩期はアルバイト契約だったようだ。

この顛末は、一家の柱であることと、どう折り合いがつくやらで、その父の背中を見て育ったわたしは、一体、就職になにをおもえばいいやらだった。

ステイタスがご立派な親を持つ子供は、横柄に育つ傾向があるか。わたしは、世間様に後ろめたいような、最初から敗北しているような陰気を背負っていたかもしれない。

父から巣立った後、父の不器用さは何だったのかわからず、父にまとわりつく、貧乏神の正体は不明なままだ。わたしが自分で勤めに行くようになって、ようするに、父は性根が怠け者だと悟る。滅私奉公に向かないひと。共感能力の低さは、職業をとおすばあい、致命的に拙い。

父の屈折した、物事の捉え方。が、いよいよあけすけに、先日の詩集で、判明した。出すところに出せば、犯罪として分類されるほどの、異常な神経。倒錯して迷走している。しごとできないやつは、なんにもできない。

父は、たとえば医者、のような確固たる職が無かった。詩をよむのが得意だとかで、シロウトなまま、はどめがきかない悪癖の垂れ流し。それを叱るひとがいなかったことで、三文役者に拍車がかかった。そのレベル感だからこそ、地方紙におもしろがられて常連になる。そこが天井で、彼の限界。地方紙もとい、噂話新聞だろ。

父が、いかに娘を所有物としてなじり、娘が病気をして徘徊したかどおかを、なぜ父によって公表されなければいけなかったか。

プロフィールを書くことを強要されたときに、わたしは異和感をかんじた。自分の手柄でなにかをした、という項目を立てたいがために、父には過度に、いじらなくていい他者へ介入し、ネタを拾い悪目立ちする、という構図が見て取れる。プロフィールを増やそうとする営みが、エゴに依っている。それらは総じて屑でしかないことに気づいてほしい。

流れの中で、まわりのお引き立てありきで、わたしは存在している。わたしのこころがけの、きゅうきょくは、コツコツとした日常の営みにある。

うまくいっているわたしを証すしるしは、くじ引きの運がいい。タイミングがかみあう。天はわたしをよく見てらっしゃるよ、という祝福がある。

DNAは繋がってるかしらないけど、魂のふる里は、まるで別だとおもう。

両親に役割が無かったとは言っていない。今わたしがいる場所に、たどりつくための、アンチとして存在してくれたことに、感謝。そしてまだそのアンチは終わっていなくて、父はいったいなんなのだ、については徹底的に、考え抜いてゆこうとおもう。