TORABARA うづき11日

公園の帰り道にあるスーパーで、焼き芋ほかをレジを済ませて、帰るとき横を見たら、なんとも鮮やかなおいしそうなトマトがあるではないの。またいそいそとレジへ。

トマトってシャープなナイフでくし切りにして、カッテージチーズをまぶすっと美味しい。

ぎゅるっぎゅるっと、時間が飛ぶように早く過ぎる日。こういうとき人は、人の魂は、宇宙のほうへ彷徨いに行ってる、宇宙的にはいそがしいみたいよ、それと

夜見る夢がひんぱんなのも、宇宙の理由。

予約していた本を受け取る。そののち、料理しなくては。解凍した肉を、カレーにするはずが、ジャガイモが無かったため、酢豚に変わる。これをどうしても作らねば。というノルマなカンカク、この声を受け取ることで、日々進歩。してゆく、というか正しくネジをシメるかんじ。

TORABARA うづき10日

公園。

育てている植物にとって、鳥の鳴く音が、養分になっているかも。すくすくと芽が伸びてゆくのを、鳥の方も知ってるかも。わたしたちがそだててるのよ。スチャスチャスチャと鳴く、春夏に来る鳥の、ちょっと変わった声を出している、一羽ずつ、性格もまちまちだろうね、姿は見えない。

だんだん暗くなってゆく時間のキッチンで、何種類ものチーズを、ひと口分を、ノコギリみたいにカットしてクラッカーに乗せてゆく。こんなひとときにおぼえがある。積極的なひまなじかんがあったっけ。グラスの赤ワイン、ランプにかざして、どれくらいビビッドな赤か、をたしかめた。

毛糸編みが進みました。

TORABARA うづき9日

知らずお絵かきして、まだ描き上がってないけれど手紙として送ってしまおう。旅の栞を、何度も、書くといい。

雨が激しくなったりして、家で籠って過ごす。卵が切れてるから買ってこようか、どうするか。あしたになったら、買うか。

夜、毛糸編みをする。コノムツカシイモチーフヲオボエタコトニオドロク。と、ぐるぐる考えてた。もしかして昔よりもあたまがよくなったんじゃないの?

歩いていたら耳が落ちていて、拾う。で有名な映画を見る。20代ではこの面白さはわからなかったとおもう。スピードを上げて暴走する車の座席に身を預けているしかない時間の恐怖の臨場感。小さいテーブルに犇めくように身体を近づけている食事、共に食うことはエロスである。柔らかく揺蕩う、女の不安はそのまま、神聖でもある。部屋にある不穏さは、そのまま映っている。

堪能できた。じっくり、他の作品も見よっと。デイヴィッド・リンチ監督。

TORABARA うづき7日

区内に、ひとつだけある、高層階のあるビル、キャロットを、見たことも無い。と、ふとおっしゃってた。じぶんの世界から排除するべきを、ここまでてっていをされているのか。先導者は、わたしに踊るような気分を配る。見なくてもいいもの。その、ノイズを、氾濫させてはいけない。

休みの日の、桜がまんかいであろうとも、花の下へ行ってはいけない。箍がはずれたような騒ぎは耐えられない。ことしは。あるいはいま、なにか、人混みのすれちがいざまのうすらぼけた会話の断片が聞こえることが、だめで、このままだめなら、外出が嫌いになるかも

森、と、ビル。アイスコーヒーのLを、うす暗い店で飲んで、読書してた。

木の葉の変色は、春にもある。
鳥の集まってくる木
エンジュの新緑。
道路とビル

すこし無機質なビルのことを、わたしはけっこう、好き。しゃべっているひとがいない空間が好き。

TORABARA うづき6日

巖谷國士さんの講演会を聴きに行った。

直前までの、わたしの、コンディションとの対比。8分話しが出来ない、無理。という人たちと昨日、ランチを一緒してしまったことの障り。拒絶反応が出ていた。砂漠を彷徨うような乾き、顔に蜂を飼ってるみたいな、異常な落ち着かなさ。束ねられていた筈の安定した神経が、あきらかに乱れている。無理。かどおか油断した。わたしはナイーブなのだった。

だからこそ、彼の講演の一言一句が、わたしに染み入り、感銘が深かった。この講演を聞いたことが、わたしの人生の曲がり角になるといい。彼の岸に行けるといいのだ。学識のある着眼点、世の中を見る姿勢を、倣うといい。

感銘をうけた。言葉の置き方が、砂に水を落とすが如くの、しっくり感があった。ご本人がダンディだった。

わたしは、いつも、ここぞという名演奏の機会に立ち合う気がする。わたしの先祖代々のご加護を、享受している。とてつもなく。

意に反るひとたちのいたたまれなさを点検したことで、今朝までぐったりとしていたことが、此の講演会を感動的に聴く味付けになった。出来事は、でこぼこ。

TORABARA うづき5日

とほうにくれている人は、えんがほしい。縁。人と、場所と、物事との良縁を祈願いたします。

橋がキレイ。

出世。が念頭にあるオンナにとって、わたしのことが眼中に入る訳がない。ひさびさに、こちらがしゃべることをスルーしてるひとと、対した。キツそうな目付き、化粧っけがない、というとくちょう。関心のあるりょういきがズレた同士って、顔合わせていて辛い。

今、読んでいる本には、インナーチャイルドを癒す。話題が出てきた。未解決な感情や傷を、ケアいたしましょう。心の冷えによる毒は、食べ過ぎる毒の何千倍も、毒らしいです。親よりも子どもの霊性が高い場合に、子どもが苦労する。

わたしが大切にしていた、ぬいぐるみさん群を、全て、母に燃やされてしまった。実家に置いたままの、わたしの仲間たち。いつまでも、ぬいぐるみをかわいがるなんて、みっともない。きしゃがわるい(方言で、汚い不気味、みたいな意味)。一方的な死罪の宣告と執行だった。こもった念がワルサすることを嫌がり、顔に紙袋をかぶせて、寺に持ち込んだらしい。わざわざ恥として寺の住職に訴えたうえで、焼却炉へ。10年以上前の出来事。泣ける。

何度でも泣きじゃくれる。こんなお別れがあるか。みんな、独特だった。

家に新しく来た、白いひつじさん、手も足もゾロンとしている。不意に、かつて居た、白ねこちゃんにそっくりな体してることに気づく。白ねこちゃん。手も足も四角くてゾローンとなっていて、腹が下膨れだった、このカンカクテキな思いがよみがえって、しばらく泣いていた。記憶の襞の裏側で、どうやったら取り出せるかわからない、この感情が浮いてきたこと、涙で浄化できた。と感じたたいけん。

ねひ。

TORABARA うづき4日

お誕生日の人に、LINEした。すごく昔に、ちょうどこの人が誕生日の日にお出かけをして、誕生日って知ってるから、チューリップの花束をプレゼントした。この日付ってチューリップって名前してる。わたしにとって。

今日はマーガレット型のマドレーヌ焼いた。

今月の旅が計画ととのったとおもう。

家の内側にだけ居て、誰が売ったところで同じ物品を、販売する手数料、といううわばみを取る、商売。その話の、お金の造り方の、金銭が殺風景。ブランド物が揃う、ことが身を固めることとしている、内容がクローンみたいなひとたち。十把一絡げとしてしか、わたしからは見えない。そこに、なにかあったのだっけ。

至って普通、とは思うけど、ワンパターンな帰省だけを繰り返す。そして、行ったことがない土地への興味がほぼ無い、らしい。今まで知っていることの内側に籠る。

ありがちな水商売の店。こそが落ち着くらしい。脈の読み方が、まるで違う。

わたしがひんぱんに旅することで、共存をさぐっている。わたしが、そのひとの岸へは渡れないとおもう。何かがみえなくて、あるいは、見えるから。