TORABARA きさらぎ3日

節分は、昨日だったのだけど、この日付けを節分だとおぼえている。

しごと先の、私達の蚊帳、その内外が、目で見ていてあけすけだね、と感じた。辞めたい。稼げていて感謝だというよりも、別な、大事な次元で考えることがありそうだ。

この日の夜、ゆめを見た。「会社の人に、名前を呼んでもらえますように」と、「すこし痩せて見えますように」このふたつの願い。神社みたいなテラスになっている場所に、わたしは二人連れで来ていて、願い事を代理で唱えてあげます、という係のひとが、勝手にこちらの願いだとして決めつけた。このズレるかんじ。

はぁ?そんなこと願ってないんですけど。この齟齬こそが、現実での状況だ。

しょくばの人たちとお昼をご一緒したときの、会話のズレ方。どこかの土地に旅行へ行く話の時も、行く先を二つまとめて言うおばさん。そうではなくて。わたしのとっておきな旅の思い出は、その世間話には乗りようが無いかんじ。

宮島、弥山。朝からフェリーで島へ渡り、一日かけて滞在した。満潮の、水色の海をみて、山登りして、降りてきた頃、干潮だったので鳥居のそばまで歩いた。

このディテールが、世間話で薙ぎ倒されるだろうし黙ってるかんじ、が夢になったよね。