TORABARA うづき4日

利他。でいることこそが自分のありようだと思っていたのかも、かつて、わたし。それが、便利屋というポジションにしかならなくて、便利ー助かるー、としか対話しないような輩ばかりを周りにおびき寄せてしまってきたか。

わたしが経たことは、わたしが何を味わいたかったやら、今、全然。物事の配置が、変容を遂げたというか。価値観が、別な境地へ移り変わっている。古い人間関係へ、塩を撒けってば。

ひとしきりのカスを並べて、その陣容の酷さを点検するというか、ばーか。と奈落に毎度突き落とす、儀式をしている。あんがい、Sっ気というような癖かもしれない。都度、巨漢のオンナを、床抜けて恥かきやがれと毒ついたりしてる。埴輪顔のオトコは、つまらないプライドを生やしていて、ポキっと細枝みたく折れればいい。ここも、念じている。

わたしが携わっていた業界の近辺に、治安の悪さがあった。金を払わない。延々と渋ってから、ナンクセをつけ始めたり、金ではなく物納をしてきたり。あれらはなんだったんだろう。

つい、昨年も、わたしの馴染んできた業界であるために、ほいほいと条件も聞かず飛び付いた果てに、時給になおすと百円だか二百円?交渉の結果が三百円になったのだったか。わたしの誠意が挫かれた。これこそが近寄るなよ、この道は違うぞ、とわたしに報せる出来事になっているのか。

出来映えが、美しくて、よくやったよ、と自惚れもあったことの果て。その仕事主が、こちらに対して年寄りの手慰め、くらいの位置付けでやっとこちらに声をかけたのかも。腹立たしいったら無かった。

この災難な業務の直後に、わたしは立山三山の雄山に登頂した。雄山に吹きつける強風、人も吹き飛ばすほどの威力ある風に、カスな出来事も吹き飛ばしてもらったような体感があるから、気は済んでる。

自分ができるとおもえることと世の中でできるとされることが、今しっくりきていないということ。振り子を、限界まで振った後に、反動で、わたしの出来ることが世の中に知れ航り、蝶よ花よ、という蜜月が、これからくるかもしれない。

ネガティブな思考を横断して、もんもん、としていながら、光の道、一抹のそれを求めて、コトバを紡ごうとしている。