数日前、とても気分の悪い本が届いてから、不機嫌がつづき、急に大きな声を出して、周りを罵るような症状。せっかく旅したけど、よりにもよって私が泊まった1519号室のドア前に、黒い大きなゴキブリが出て、生霊の怨念がこんなところまで追っかけてきたのかと、怒りで一突き潰せそうなくらい、わたしは怒っていて、まあ、潰したらよかったですが、ホテルの方が始末してくれましたとさ。
さて、問題なのは、①出来事の切り取り方と、②レッテルの貼り方にあります。
人は、大小さまざまな怪我や病気をするけど、殊更に、隠し事のように括り、形容詞として虚ろだとか徘徊だとかの、陰湿な活字を刻んだ。田舎のおおよそが文盲同然で、自分たちこそが黄色い救急車で川の向こうに運ばれるところを、わたし一人を、黄色い救急車に乗せて、川の向こうに送り、
主語は、僕ちゃん。
この僕ちゃんが、こわいものを見て、ああ怖かったー
みたいな歌だった。つまりここにキリシタンの踏み絵のような、踏んでみせる、言ってみせる角度が読み取れて、不快さは増幅している。黄色い救急車なんてとんでもない、僕ちゃんは此岸の人間ですという、申し開きを、田舎のじぶんたち一同にしているような書きっぷり。
交差点で前しか見えてないボク、急に宙に浮き、足のふくらはぎが破け、肉片の一部はちぎれて地面に落ちた。
事故を、わざわざ活字にして当人に読ませられますか?そののち、不具者になったから、自制して書かなかったのですか、その自制は、黄色い救急車の案件には充てなかったんですかね、わざわざ、覗き見を好む、あなたの読者である大勢の文盲たちの、好奇の目に晒すことが、あなたが文章を書く目的ですか?
という怒りです、伝わりましたか。
殻に引篭る、人の意見に耳を傾けない、父の利己心で書かれている。もう書いて、本にまでしてしまっているから、何とも思わないから、できたんでしょう。この父の異様な神経こそが、⭐︎君にとって二度と見たくないものにあたります。
なぜ父の文章に含まれる単語を、母は止めさせなかったか、不思議がっていました。母は認識する力が弱く、意味がわからない、とだけ言って済ませているのだと話しています。家の恥部、父の書く文章こそが家の恥部であって、身内はもっとちゃんと唾を吐いて、エスカレートするのを防ぐべきでした。今更です。
言葉とは、模倣です。自分の感覚や直感や、ことばにならない感情を、どうにか言葉に置き換えたとおもってるのかもしれないが実際は、違う。それを、ご自身が詩を書ける特権的な立場だと勘違いし、結果、お粗末な枠に出来事を閉じこめてゆくことだけで書いた気になるらしい。ひとさまの全体像を扱えるだなどと傲慢にもほどがある。生まれながらの露悪な性根を、小手先で操っているだけ。畏れ、がみてとれないところが致命的にまずい。
父が悪い奴とは限らない。鳥取に行ったとき、ポンチマン君を撫でて、なにごとかしゃべりかけていた様子だった、良いところもある。という⭐︎君の談話。
怒りがおさまるわけではないが、人に嫌われるような意見が、生まれなおさない限り改まるわけでもないことを、承知した。
以上です。
薔薇