片想いっていうのは、けっきょく、なんにも知らないまま、相手がわたしを思い出すことはない。わたしへの関心がないから、付き合わない。髪型を変えたことも、靴を新調した日にも気づいて、声をかけてきたひと。そのたびにドキっとした。
今日は、遅い朝。公園へ行ったとき、梅の香りは、まだらに漂う。木星の表面の、マーブル模様みたいに香ってるよな、と思った。
神社さんへ参拝して、西門を引き返して、オペラビルまで歩く。上等なモンブランケーキと、サイフォンコーヒーを嗜む。美術を見る。
美術展覧会は、見るべくして、見ることができて、よかった。作品を観賞する人へ向けて、問いを発してある。その美的な空間に、参加してきた。という感想。
美術とは何かというテーゼを、美術家も、美術愛好家も、持つ。あまりにも論理が先行して、教育用教本みたいな理屈に収束してしまう、小手先の細工などは行き詰まってるとおもうし、天性の感覚で自由に表現をしましたといって、排泄物かと見紛う醜悪を晒されても困る。
美術は、なんといっても美しくなければならない。この鉄則がふまえてある、圧倒的美術だった。本物。

「見る」を扱う。アイデアを沸かせて、一瞬で伝わる、強い訴求力が形になっていた。人々が考え始めることができるように。この誘いのメッセージに、生命が宿っていた。表現が昇華して美に至ると、人を超えた精霊からの声みたいだとかんじる。世の中を知る、とはどういうことか。作品を、ひとつひとつ辿り、会場を歩きまわった後も、ここにあった思惑を纏いつづけていたとおもう。
駅移動。最寄りの映画館で、1年に1度の会員更新。本屋で目が合った、綺麗な写真がついた本も買う。帰宅。充実したわ。