明日は、旅立ちだから、支度をしなければ。持ち物を準備する、というだけではなくて、家のあちらこちらを拭く。棚を拭く。玄関の床を拭く。掃除機の中のゴミを捨てる。
家事を、てっていてきな基本を、禅宗の修行僧のようにやるようになる日が、来たりして。
わたしの今の邪念というか。にわかでしかない、ということを、記憶の中にある出来事に、振っている。なぜに、そのままやり過ごしているっけ、浮き草なのがそのまま。これでよかったっけ、はてな?たぶん、他の人から何が見えているか、そこは、どうでもいい。のだが、それって、存在が消えてるよね、わたし?みたいなことに、はた。と思い至っているというか。心細い。というか。
だいたい、女って括るけど、わたしわたし、という自己中心的、そのすぐそばのひとのことは、自分のギャラリーみたいな扱いをする。偏狭な意識は、若気の至りって丈でもなく、年増になってさらに世間が狭まった枠になっていたりする。
とにかく、隔絶して、わたくしの副業が、現在のにわか稼ぎ先を上回っていけば、その俄を外せばいい。是非、外したい。
わたしに、執着があるひとだったとおもうけど、わたしが凄いってことを、承認されたいひとが、血の滲むような切実な訴えを、わたしに対して続けてらっしゃった。いいところをみせたいってこと。そのひとは、ずいぶんと足元を踏み外されて、生活保護を受け始めたらしい。それでも、尚、こちらに高飛車な生活態度を示すことをお止めにならなかった。40通くらいも、午後5時間にわたってメールを、こちらに打ち続けてた、もうあれはかなりな事件。
わたしは、その気が狂った人から発信されたメールなどを読まなきゃよかったのだ。むざむざと、書かれていた言葉に傷つき、いちねんくらいこころが灰色になったとおもう。暴力だった。そして、気がついた。この暴力主と似たようなひとばかりをわたしは周りに引き寄せてきた。いつ、そのひとりひとりが豹変してもおかしくない。
実際、誰彼が年増になることとセットで、気狂いかとおもうような、偏狭な変質者に変貌を遂げてゆく印象だ。わたしのことだけがかわいい、というのが、若い内は、なにかしらのオーラがまぶされて、悪目立ちをしなかっただけ。おまえらの醜さは一体なんなのか。
本当に、誰もいなくなった。友人知人の、ほぼすべてが、もともと仮面だったのだ。
晴れて自由が開ける。
それにしても、ゾンビとキチガイばかりなんなの。