TORABARA しわす29日

昼12時に、ヘアカットとカラーの予約。時間に余裕があったはずなのに、着ていきたいセーターが見つからず、部屋中をひっくり返して捜索していたら、45分も経っていてギリギリ、美容院に到着してやんの。

今日担当した美容師は、指圧が強すぎて、シャンプーの、マッサージが、ありえない痛み。指の跡で頭皮に血が滲みそうなくらいも強くて、さすがに言おうとおもったのだけど、施術されてるときって、まな板の上といっしょで、何されても任せてるしかない諦め。が覆う。シャンプーよ、早く終われってば。と、耐えてしまう。

仕上がりはステキだったけど、おまえ、指圧が痛いってば。というあとくちなので、次回からこの人はキョヒりたい。

昼ごはん。近所老人を新宿に呼び、伊勢丹の食堂をためす。おいしい。

新宿の、材料屋さんにも行ったのだが、エスカレーター真後ろに、長身で、ミニスカート姿の、熊リュックしょってるひとが、真顔で乗ってて、釘付けになる。8階に降りたのが気になって、自分の用事を忘れ、10階で金色ファーを探す?だっけ、これは今日じゃなくていい。そそくさと、8階へ行ってみて、熊ちゃんリュックのひとを目に焼きつけた。女神さんの化身かもよ、今日は収穫が多くて、緑の髪、水色の髪、坊主頭で短パン黒赤ファッションのひと。を見かけた。

年末らしいのは浅草ですね、と向かう。浅草寺の本堂に、ぎりぎりで入ることが出来た。今年の感謝を、五円玉投げて、伝えた。いい年でした。と、重低音みたいに、貫かれたおもいがありつつ、

信じられない父の思想の正体に触れて、それを遣っ付けきれていない。田舎という、得体の知れない村社会を、早々に抜けて、その地方流儀に毒されないまま、生きてくることができてほんとうによかった。熊ちゃんのリュックのひとを、一瞬で愛せそうになる感性に育ったことがよかったよね、村だと熊ちゃんのリュックのひとは袋叩きにあって、懲らしめられて、どーにも生きていけないだろう。

ああ、なんて東京は素晴らしい。

熊ちゃんのリュックのひとが暮らせることが、わたしの安堵感でもある、このかんじ。を、確かめていた。

自分の娘をネタにして、近所中と親戚中に、その冊子をばらまいた。わたしのことを知るひとたちに、ばらまかれた。そこに何が書いてあるか、精神病になって、学校の校庭を徘徊した。そのすがたは娘に非ず。と、書いてあった。この部分を、読んだ瞬間から、繰り返し再生を続けている。生半可にしか読まないひとが、いい加減に向き合うことも含めて、扱わせてはいけない事物を載せてしまっているとおもう。

あげつらいかたが、わざと刺激的な表現になっているところも問題だ。精神病を、見せしめる。醜さを、見せしめる。父は、僕ちゃん怖いものを見て怖かったー。と書いた。それが僕ちゃんの冒険だと書いた。

神経がまいってしまったときに、通院をして、処方された薬は、睡眠薬だったとおもう。長時間の睡眠をすることで徐々に神経が休まり、回復の兆しがあらわれた頃、外を歩き回れるようになった。

わたしは病を得て、家族の歪を、炙り出す役割があったとおもっている。その歪が正されたわけではない証が、今年、父が書いた冊子に、くっきりと出た。父の書き残すことやら、今まで書いてきたことやら、全部、燃やせるゴミ程度だろ、捨ててしまえばいい。

校庭を徘徊した、と公表した意図は、何か。障害がある状態を、わざわざ形容した。それを面白がって書いてみせた。悪趣味。嫌がらせ、を超えている、侵害行為。道徳観念の欠如、は、彼の世代にまぶされた教育に、その一端があるであろう。かといって、責を、時代のせいにして、彼個人を逃がすべきではない。いったいなにをかきやがったか。父よ、おまえのあやまちをあばいてやる。

まずいとおもわなかったらしい。なんにもおもわなかったらしい。冊子そのものが、痴呆老人の産物だった。老廃物撒き散らす、実害を、まともに被ったのだ。ゆるされることはない。ゆるせない部分の脳内再生回数が、いまだに減らない。化膿したまま乾かない傷。