TORABARA☆いなかのこと

田舎に思い入れが無い。と記したところを、もうすこし記す。

雨粒とバラの花

18才くらいまで、田舎で育って、わたしは、いつまでもおさなかったため、とうきょうにきてから、つづきは、とうきょうで育ちました。

田舎では、わたしのニンシキできるいしきよりも深い知恵によって、まわりが何をしゃべっているか聞こえないように、耳をふさいでいたようなきがする。深い知恵は、わたしがどんかんであるように、能力が、わざと閉じていられるように、みちびいていた。

その家に生まれて、たいけんしなければいけないことがあると同時に、わたしの芯をまもらなければいけない。

田舎のかんきょうというのは、そこでとびかうコトバが、きちゃない。きちゃない、といいますか、すくないといいますか、ざつ。なにも大事にしていない、こころが無いような、乱れたコトバ。ノイズに近い。久しぶりに帰ってみて、ガクゼンとするのです、わたしはいったいここで、何を聞いてきたか。

田舎が、いつだったかはっきりしないのだけど、結界がこわれたな、とかんじる時があって、その時を境に、まるで帰ることに意味が無くなったとかんじるようになった。

土地の東西南北には、柱になる守り神がいらっしゃる。守り神さまが、田舎からはなれてしまわれた、とかんじた。その土地が生きることとわたしは、かつては息を合わせていたようにおもう。肌で知っていた土地だったのに。

麗しのバラ

今は、なつかしくもなくて、よそよそしい。わたしが、外に出されたのかもしれない。とにかく、もう帰る場所ではなくなっている。

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